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2017/06/06 お知らせ

登山界“おちこち”の人、日本登山医学会認定国際山岳医 橋本しをりさんに聞きました。

  Newsletter 2017年6月号
平成29年6月10日 第395号
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インタビュー連載 第27回


山の世界の彼方此方で活躍している人々をたずね、「そうだったのか。」を聞き出します。


日本登山医学会認定・国際山岳医でヒマラヤ登山経験も豊富な、橋本しをり医師に、ご自身の登山と医療との関わりや、生活習慣病が山での危険に直結していることを聞きます。


── 東京女子医科大学山岳部を再建して、在学中に冬山や岩登りもおこないました。最初の海外遠征登山は田部井淳子さんが隊長だった、ブータンの未踏峰セプチュカンでした。チョー・オユーとチョモランマへは日中友好女子合同隊を率いて成功させました。


 東京女子医大では、最初ワンダーフォーゲル部に入りました。丹沢山麓の秦野で生まれ、成城学園中学では学校登山で燕岳から槍ヶ岳に登っていましたからそうした影響もあったと思います。冬山登山もやりたかったのですが、ワンゲルでは冬山は禁止でスキー合宿でした。そこで当時休部中だった山岳部の復活を女子医大の先輩で山岳部OGの今井通子さんに相談したのです。今井さんが所属していたJECC(ジャパンエキスパートクライマースクラブ)からコーチを迎えて、2年生になる前の春休みに山岳部が復活しました。それからは夏の北アルプス縦走や冬の八ヶ岳赤岳主稜、岩登りでは前穂高Ⅳ峰など充実した登山をおこないました。 
 日本山岳会(JAC)学生部に加盟していたので、JACの多くのヒマラヤ登山経験者との出会いもありました。1980年に東京女子医大を卒業して医師の道を歩み出しましたが、それから2年ほどはまったく山に登りませんでした。でも、あるとき目にした山と溪谷誌で、女子登攀クラブの田部井淳子さんが隊長でブータンヒマラヤへの遠征があることを知り、医療担当として参加させてもらいました。この1983年のブータン遠征が本格的な高所登山のきっかけになりました。
 また、この女子登攀クラブのブータン遠征で隊員の健康管理を通して得られたデータは大変貴重なものでした。隊員は当然女性ばかりでしたから、とくに低酸素環境での女性に関する研究に興味がわき、以後の登山医学への道を見出したともいえます。
 ブータン遠征の後、いくつかの海外登山をおこない、1988年に女子登攀クラブ隊の隊長として、念願の8000m峰であるガッシャーブルムⅡ峰に登頂しました。隊員8名のうち5名が登り、なるべく多くの隊員と頂上に行きたいという思いがほぼ実現しました。海外登山は、この後も、2001年レーニア(米国)、2002年チョー・オユー、2003年シャスタ(米国)、2005年チョモランマ、と続きます。


── 医療ボランティア活動として 、2001年から、女性のがん体験者のための登山・ハイキングの会、「フロント・ランナーズ・クライミング・クラブ(FRCC)」を立ち上げてがん体験者のクォリティ・オブ・ライフ(QOL)の向上に取り組んでいます。


 1988年から1994年までニューヨークに医学留学していました。帰国後デュッセルドルフに出かけたときドイツのがん協会が実施している、「夢をかなえる一日」というプロジェクトを知りました。そのとき一緒にいたがん小児科医の友人の患者である少女が、このプロジェクトでプロテニスのグラフ選手とプレーしたり、買い物や食事を作ったりする夢をかなえることができる一日をプレゼントされることを目の当たりにしたのです。このことはとても印象に残りました。そして、99年に新聞で、日米のがん患者さんたちが合同で富士登山に挑むという記事を読み、医療・山岳ボランティアとして迷わず応募しました。
 翌2000年8月にがんの患者さんやがん体験者を含めて総勢450人の富士登山計画が実施されたのです。がん患者支援は米国での活動が始まりですが、日本側医療スタッフの伊丹仁朗先生をリーダーに日本側での医療関係の準備を進め、米国の登山ガイドたちとも事前に富士登山をおこないました。いま、私が開業している「沢田はしもと内科」の待合室にはこのとき米国人が作ってくれた大きな記念のキルトが飾られています。
 この2000年8月の富士登山でおこなった、乳がん患者のQOLの検討ではさまざまな指標で改善が認められたのです。登山の前と後での身体と精神の状態や心配ごとなどをチェックする指標です。それが、翌2001年年末のFRCC創立のきっかけとなりました。FRCCは、毎月の日帰りハイキングと夏は数日で高い山をめざす山行をおこなっています。がん体験者と山行・医療サポーターからなり、メンバーは80人ほどで、この5月で196回の山行を重ねました。


── 山岳遭難のメカニズムや、山での病気とケガを防ぐためのセミナーでも講師をつとめています。


 遭難事故は複合要因で発生します。単純に見える転倒事故でも、体調不良やメンバー間の会話(おしゃべり)による注意不足、天候不良、道迷い、予定の変更、筋力低下など、様々なリスク要因が組み合わされて事故になります。道迷いそのもので死亡することはまずありませんが、それがもとになって転滑落の危険が増すことが多いのです。道に迷っても気づかずにそのままどこまでも進んでしまい、気づいたときは、足場も悪く、引き返すルートも失っている状況です。それで焦燥感から動き回って滑落したり、疲労困憊してしまうケースです。
 山の遭難の7.5%は病気が原因とも言われています。心筋梗塞や脳卒中による突然死も目立っています。突然死とは、健康そうに見えた人が予期せず突然帰らぬ人になることで、医学的には「症状が出現してから24時間以内の予期しない内因死」と定義されています。
 山での発病を防ぐためには、まず、「生活習慣病など病気のコントロール」が必要です。午前中の登りで発症することが多いようです。防止策として、夜行日帰りは避けて、睡眠不足と疲労を防ぎ、登り始めの体調には要注意です。ゆっくり歩き、体調を確かめてください。
 突然死の原因は、心臓病によるものが最も多く、ほかに脳血管障害、消化器系疾患などがあります。突然死の中でも心臓病に原因するものを心臓突然死と呼び、年間5万人といわれています。とくに多いのが急性心筋梗塞です。心臓突然死は致死的な不整脈である心室細動が起こり、それが心停止の直接の原因となります。虚血性心疾患による突然死の前兆として、心停止の4週間前までに半数の人が症状を訴え、そのうち9割の人が24時間以内に異状を感じていたとされています。心臓病の既往や持続する胸痛には要注意です。
 代表的な脳血管障害である、脳卒中は、①くも膜下出血、②脳梗塞、③脳出血 の3つで、登山中における脳血管障害の兆しは、「ろれつが回らない」、「四肢に力が入りにくい」、「強い頭痛の出現」などですから、こうした場合は脳血管障害を念頭におかなくてはなりません。登山を中止してすぐに下山し、医療機関で受診し、頭部CTなど精密検査を受けなくてはなりません。
 脳卒中の再発予防には、まず危険因子の管理(高血圧、糖尿病、脂質異常、喫煙、大量飲酒、メタボ、慢性腎疾患、睡眠時無呼吸症候群等)が必要です。食事療法や、禁煙、薬物療法などです。「脳卒中予防10か条」 ①手始めに高血圧から治しましょう  ②糖尿病放っておいたら悔い残る  ③不整脈見つかり次第すぐ受診  ④予防にはタバコを止める意思を持て  ⑤アルコール控えめは薬、過ぎれば毒  ⑥高すぎるコレステロールも見逃すな  ⑦お食事の塩分・脂肪控えめに  ⑧体力に合った運動続けよう  ⑨万病の引き金になる太りすぎ  ⑩脳卒中起きたらすぐに病院へ 
 一度、発症すれば再発しやすいので生活習慣に留意して再発させないことが一番大事なことです。
 おわりに鹿屋体育大学の山本正嘉教授が提唱している、長時間快適登山の3つのコツを紹介します。
(1) ゆっくり歩く:最高心拍数の75%以下の心拍で歩く(220-年齢)×0.75
  例)50歳の場合=(220-50)×0.75=127/分
(2) しっかり食べる:登山中のエネルギー消費量=体重×行動時間×5kcal
  例)体重50kgで6時間行動の場合=50×6×5=1500kca/半分からすべてを行動中に食べる
(3) たっぷり飲む:登山中の脱水量=体重×行動時間×5ml
  例)体重50kgで6時間行動の場合=50×6×5=1500ml/すべてを行動中に飲む、休みごとに飲む。スポーツドリンクが最適。


(インタビューおわり)


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 診療の合間を縫って橋本先生にお話をうかがい、かつて伊丹仁朗先生が計画されたがん患者さんのモンブラン登山をお手伝いさせていただいたことを懐かしく思い出しました。また2002年のチョー・オユーでは私が監督で送り出した、中央大学山岳部の学生がベースキャンプで連日のように橋本先生のお世話になっておりました。発熱、下痢、高山病です。このとき日本の女子隊は6人中4人が登頂しましたが中大隊は先陣を切りながら登れませんでした。体調不良の学生は高所での健康管理の重要性を痛感して下山したのです。
 自分だけは大丈夫、と思っていても山では何が起きるかわかりません。橋本先生の話を聞いて、生活習慣病を予防することは、安心・安全登山のためのはじめの一歩だとあらためて肝に銘じた次第です。

(平成29年5月19日 聞き手:黒川 惠)