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2017/08/02 お知らせ

登山界“おちこち”の人、駿河台大学でエコツーリズム論を教える平井純子教授に聞きました。

  Newsletter 2017年8月号
平成29年8月10日 第397号
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インタビュー連載 第29回


山の世界の彼方此方で活躍している人々をたずね、「そうだったのか。」を聞き出します。


駿河台大学でエコツーリズム論を教える平井純子教授は、「飯能モデル」とも称される、里地里山型エコツーリズムの成功に貢献してきました。世界自然遺産、知床での活動と合わせて、エコツーリズムとは何かをハンター(狩猟)でもある、平井さんにたずねます。


── 2006年から足かけ3年知床財団におられました。世界自然遺産の知床を訪れるツーリストにとって地元のエコツアーガイドは頼りになります。2008年4月には、「エコツーリズム推進法」が施行されています。


 エコツーリズムは、1970年代に発展途上国の環境保全と観光振興の両立を目指して生まれた概念です。日本では民間業者による原生の自然が残る地域での取り組みが始まりました。90年代後半には日本エコツーリズム推進協議会(現在の日本エコツーリズム協会)などの民間推進団体が設立されました。2004年には、環境省にエコツーリズム推進会議が設置され、国も力を入れ始めました。2007年6月には、「エコツーリズム推進法」が成立し、翌年4月から施行されました。
 環境省は、エコツーリズムの定義を、「自然環境や歴史文化を体験しながら学ぶとともに、その保全にも責任をもつ観光のありかた」としています。近年では地域の自然環境を配慮しながら、地域の創意工夫を活かしたエコツーリズムは、地域活性化の起爆剤としても注目されています。
 北海道北東部の知床地域は、自然豊かな我が国の中でも、エコツーリズムの概念にもとづいたエコツアーが早い時期からおこなわれてきた場所です。それだけに知床ガイドは「専業」が多く、むき出しの大自然の中ですから、安全管理の意識は高まっています。ここ飯能には、カエルやヘビやカブトムシやクワガタ、ホタルなど本来どこにでもいた生き物がいまもそこらじゅうにいます。ニホンカモシカにも今朝通勤途上で出会いました。娘が、「あっ、カモシカだ。」と教えてくれました。知床は稀少な動植物が陸と海と空にいます、ヒグマ、シャチ、シマフクロウ、オオワシなどです。
 知床へ行ったきっかけは息子のひとことでした。当時小学3年だった息子は家の中で、レゴ・ブロックで遊ぶのを好むインドア少年でした。でも彼が言ったのです。「ぼく、このままじゃダメな人間になっちゃう」と。彼は虫が触れなかっただけだったのですが、本能的にそう思ったのでしょう。そこで、向かった先が知床での山村留学でした。自然豊かな場所へ、との一点でそう決めました。3年間を知床で過ごした彼は、高校では山岳部、そして現在は、大学のワンダーフォーゲル部で国内外の山を楽しんでいます。


── 2009年4月から駿河台大学で教鞭をとりました。大学の本拠地ともいえる埼玉県西部の飯能市は、2008年に第4回目のエコツーリズム大賞を受賞しています。飯能市は先駆的な取り組みに挑戦しています。


 飯能市は「エコツーリズムのまち」です。2004年に環境省によるエコツーリズムモデル地区に選定されてから、2008年に第4回エコツーリズム大賞を受賞し、2009年にはエコツーリズム推進全体構想認定全国第一号、2015年には同、再認定全国第一号となり、エコツーリズムに先駆的な取り組みをおこなっています。「里地里山型エコツーリズム」の先進地として注目され、メディアにとりあげられることが増え、「飯能モデル」と言われるようになっています。
 埼玉県西部の中山間地手前の市街地から少し行けば、天覧山や多峯主山といった、地元民に愛されている低山がたくさんあります。まさに里山の宝庫です。池袋から西武線でやってくると飯能は、秩父の入口にようですが、秩父の一部ではありません。都心から1時間ちょっとで来られる飯能市の年間の観光入り込み客数は213万人で、登山、ハイキング目的は50万人ほどですから、都心のベッドタウンでありながら、観光も大きな産業になりうる潜在力を持っている場所です。
 この駿河台大学には「観光ホスピタリティーコース」があり、学部生には、エコツーリズム論を教えています。ずる休みした学生には、細いドリルを使って、間伐材の小枝の芯に穴を開け、ボールペンを作るペナルティを与えているのですが、とにかく不器用な学生ばかりで、ナイフでエンピツも削れないのです。


── 2013年5月から取り組んだ、「ヤマムスメが行く」シリーズでは、“山ごはん”にも焦点をあて、低山歩きと山でのクッキングの楽しさを登山初心者に伝えてきました。近年、子どもから大人まで、大自然の中で行動することが少なくなり、山でご飯を作るなど、シティーボーイやシティーガールには考えられないことです。ところで、ハンターとしてジビエ料理にも挑戦でしょうか。


 私の家族が知床に短期移住したきっかけをお話しましたが、子どもの頃の経験がその後の成長に大きな影響を及ぼすことは言うまでもありません。しかし一方で自然体験活動が足りていない子どもたちが多いのもまた現実です。親世代が自然体験活動をしていなければなおさらです。現在、私はゼミの学生たちとともに、飯能市上名栗地区で「駿大版ダッシュ村=古民家再生活動」に取り組んでおり、今年で4年目になりますが、ただ改修するだけではなく、ここを有効活用する手段として、小学3〜6年生を対象としたエコツアープログラム「はじめてのプチサバイバル―名栗の古民家で過ごす夏休み」を一昨年よりおこなっています。里山の身近な自然を体験するたった1泊の古民家キャンプですが、子どもたちはもちろんのこと、指導する学生たちも大きく成長していきます。ささやかな一歩ですが、自然や環境に関心をもつきっかけとなるに違いありません。
 飯能にある低山ハイキングのエコツアー、「ヤマムスメが行く」では、歩くペースの問題もあるので女子限定のツアーを女子のガイドが案内していました。女子の好みに合うように、地産地消にこだわった美味しく手軽な山ごはんづくり、それも、え、ここでこれ?と思わせる、登山初心者にとってはサプライズなものを。例えば、冷製パスタとかチーズフォンデュとか肉汁うどんとかをゲストと一緒につくります。もちろんスイーツ付きで。これに参加していたゲストが経験を積んで、自らエコツアーガイドとなり、現在はサトムスメとして、滝行体験や鍾乳洞プチ体験などのプログラムも実施中です。飯能の山と里から、いいとこどり満載企画です。
 飯能でいろいろなエコツアープログラムを企画・運営しているうちに、里山の資源を活用した自然学校を作りたいなあ、と思い始めました。知床ではエコツアーで生活している人ばかりを見てきましたが、飯能ではエコツアーを生業としている人がいない。これでは、持続可能なエコツアーにはならないし、若い人は、この世界に入ってこられないと思ったからです。
 そこで昨年度は環境省の受託事業で、自然学校実現のために地域との協働体制を構築すべく、ステークホルダー・ミーティングを重ねてきました。この中でコアとなる組織の必要性が共有され、6月に女子5名で一般社団法人「里山こらぼ」を立ち上げました。来年春には、事務所兼ギャラリー・カフェをオープンさせる予定です。一応、私も狩猟免許を持つハンターですので、獲物を解体し、肉塊にするところまで手がけますから、もちろんジビエ料理にも挑戦します。どこかの誰かが名栗湖(人造湖)に放流してしまい、いまは入間川にまで泳ぎ出てくる、ブラックバス。こいつを解体するとアユの稚魚も出てくるのです。ですから、この外来悪役をぜんぶひっとらえて、あの美味い白身の活用も視野に入れています。フィッシュアンドチップスの地産地消です。
 飯能女子5人組の「里山こらぼ」が、活力ある地域の小さな拠点となって、実施主催者も参加者も一緒になって楽しめるプログラムを創出し、楽しいことでしっかりとビジネスとしても成り立たせれば、それがいつまでも持続可能な生業となって、いままで以上に、より地域に溶け込めると考えています。むしろ、そうなることを確信しています。


(インタビューおわり)


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 この連載インタビューは登山に関わりのある、男性・女性に交互に登場していただいております。第1回目の田部井淳子さんのときから、30回で区切りを付けようと考えていました。この29回目は、なじみが薄いと感じてきた、「エコツーリズム」に詳しい、平井純子さんです。
 先月、日本旅行業協会のセミナーで講演をお聞きしたところ、なじみが薄かったのは自分たちがエコツーリズムを知ろうとしなかったからだと気づきました。我が社が手がけてきた大自然体験型の登山・トレッキング、花の観察、鳥の観察は、まさに生態系や自然環境配慮型であり、旅をしながら環境への理解を深めるきっかけづくりにもなってきたはずです。何よりも、そこにある旅行素材を使い切るのでなく、いつまでも大自然のあるがままに持続可能な状態で残すことのできる旅づくりでした。
 まさに我が社はエコツーリズムのパイオニアだったのかも知れない、と自然豊かな飯能市の大学研究室で平井さんと話しをしながら自負心が強まったのでした。
 この連載インタビューは、来月(9月号)が最終回です。

(平成29年6月16日 聞き手:黒川 惠)