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ヒマラヤ越えフライトとヒマラヤを越えるツル
 国際線航路の中でもっとも山岳展望に迫力があり美しいと言われるのが成都・カトマンズ間を飛行する「ヒマラヤを越えフライト」だ。「ヒマラヤ越え」というとポスト・モンスーン(秋)にチベット(中国)側からネパール側へとヒマラヤを越えて行く、アネハズルの編隊を思い浮かべる。過去には登山家達を魅了し伝説的に語られてきたヒマラヤを越えるツルの姿。上昇気流を利用して大変な労力を使い果たしヒマラヤの真っ只中の8,000m上空を越えて行く姿はどこか神聖かつ威厳ある行動とさえ感じられる。そんなこともあり、この「ヒマラヤ越えフライト」にはさらに大きな期待と興奮を覚えるのである。

▲横断山脈を越える

横断山脈越え
 「ヒマラヤ越えフライト」は四川省の省都・成都からネパールの首都・カトマンズまでラサ経由で飛行時間は約4時間。成都の空港を飛び立つとミニヤコンカ(7,556m)ナムチャ・バルワ(7,782m)など中国を代表する山が見えてくる。景観が一変し乾燥地帯とすぐわかる荒涼としたチベット上空に入る。大きな谷あいには道や畑、建物なども小さく眼下に見え、厳しい自然環境下でも人々が生活していることがわかる。大きな町並みはチベット自治区の区都・ラサ(3,607m)でシンボルとなっているポタラ宮殿も確認できる。進行方向左手側の窓にはブータンとの国境沿いの山、クーラカンリチョモラーリなどの7,000m峰が遠くに望める。

いよいよヒマラヤ・ジャイアンツ、チベットからネパールへ
さらに黒々としたカンチェンジュンガ(8,586m)の巨大な山塊と怪峰ジャヌー(7,710m)の特徴ある山容があらわれる。世界第3位の高峰カンチェンジュンガはネパールの東端に位置するため見られるチャンスは滅多にないのでこのフライトでしっかりと目に焼き付けたい。右手側には世界最高峰エベレスト(8,848m)の北壁側が最初に見えはじめ、徐々に山容が変化し朝陽を受けている巨大な雪壁が印象的なカンシュンフェース(東壁)側へ移動してゆく。マカルー(8,463m)、ローツェ(8,516m)、エベレスト、チョー・オユー(8,201m)と8,000m峰4座が並んで見えてくると中国とネパールの国境からまさにヒマラヤを越えている実感が沸いてくる。

ネパールへ、まだまだ続くヒマラヤの山々
進路を南にとっていた飛行機は西へ方向転換しヒマラヤ山脈に平行しながらカトマンズへ向う。ネパール(南)側から望むヒマラヤの山々も途切れることなく、エベレストをはじめとしたクーンブ山群、ピークが角のように聳えるロールワリン山群の盟主ガウリシャンカール(7,134m)、ジュガール山群、ひときわ白い三角形のランタンリルン(7,225m)が見えるてくると間もなくカトマンズに着陸する。まさに息をつく間もない圧巻の「ヒマラヤ越えフライト」だった。

東西約2,400kmにわたり延々と連なっているヒマラヤ山脈は「世界の屋根」と呼ばれており、このヒマラヤ山脈を南北に縦断しながら飛行する「ヒマラヤ越えフライト」は、まさに究極の山岳展望フライトと呼ぶにふさわしく、是非一度、搭乗したい航空路線である。


▲機窓からのチョー・オユー(右奥)、エベレスト(中央)、マカルー(左)
 
       


 燦燦と照りつける太陽。けたたましく鳴くセミの声。最大のものは幹が50mにも達するという巨木、バオバブ。水煙をあげ、轟音とともに流れ落ちる瀑布、ビクトリアフォールズ。11月下旬、本格的な冬が到来しコートが手放せなくなった日本を飛び立った私たちは、アフリカ大陸に降り立ち、翌日にはそんな光景を目の当たりにしていた。
南部アフリカのザンビアとジンバブエの国境に位置する「ビクトリアフォールズ」は、南米のイグアス、北米のナイアガラと並び、世界三大瀑布のひとつに数えられる巨大瀑布だ。最大落差約130m、その幅は1,700mにもおよぶ。日本の名瀑といわれる日光の「華厳ノ滝」が落差97m、幅4mと言われれば、その巨大さが容易に想像できるのではないだろうか。現地名は「モシ・オア・トゥンヤ」。現地の言葉で「雷鳴のとどろく水煙」という意味である。なぜそう呼ばれるのかは訪れればすぐにわかるはずだ。今回は水量の少ない時期に訪れたとはいえ、轟音とともに流れ落ちた滝が上空まで水煙をあげ、対岸からのぞく我々の全身に歓迎のシャワーを浴びせた。また太陽に照らされた水煙には鮮やかな虹がくっきりと二つ、折り重なるように映し出されていた。その圧倒的迫力に滝沿いに歩きすすむ私たちは何度「凄い」と口にしたことか。150年前、探検家リビングストンが西洋人としてはじめて発見し、世界に紹介したその壮大な瀑布、ビクトリアフォールズ。当時と変わらぬであろうその迫力ある光景に、私たちも忘れることのない興奮と感動を覚えた。

▲ビクトリア・フォールズ


▲テーブルマウンテンとケープタウンの街並み

  翌日、ジンバブエを飛び立った私たちは一路、南アフリカ共和国へ。東側にインド洋、西側に大西洋が広がり、広大な大自然の宝庫アフリカ大陸の最南端に位置するこの国は、年間を通して温暖である。今回私たちは立法府の首都に当たるケープタウンを訪れた。町のシンボルともいえる、城壁のように背後に聳える「テーブルマウンテン」とアフリカ大陸最南西端に位置する「喜望峰」を歩くためである。

▲大パノラマが広がるテーブルマウンテン山上

ヨーロッパのような洗練された町並みと特級の自然が調和するこの町は風光明媚という言葉がふさわしい。郊外にはブドウ畑の広がる一大ワイン産地があり、喜望峰のあるケープ半島では、ペンギンが暮らし、オットセイが日向ぼっこをしている。運が良ければクジラにも出会えるのだ。海岸線から一気にそそり立つ、標高1,087mのテーブルマウンテン山頂にはプロテアをはじめ、日本の山では見ることのできない珍しい多くの花が咲き乱れる。雲ひとつなく晴れ渡ったその日はケープタウンの町並みが一望でき、大海原の広がる喜望峰の先まで見渡すことができた。「きれいだなぁ・・・。」純粋にそう思った。
喜望峰、なんとも響きがいい美しい名前だ。約500年前、ヨーロッパ人が初めてこのアフリカの突端に到達。
  のちにそこは喜望峰と名づけられた。ここは海流がぶつかり合う航路の難所というが、その日の海は穏やかだった。海風に後押しされ海岸沿いを歩く途中、満開に咲いたピンクッションの花の脇からひょいと顔をのぞかせたダチョウのこどもにみんなの顔がほころんだ。

さて、皆さんは「アフリカ」と聞いてどのようなイメージをもたれるでしょうか。そのイメージは十人十色、千差万別でしょう。しかし、そのイメージをもったまま、ぜひ一度、この大陸を訪れてみてはいかがでしょうか。おそらく、いい意味でそれぞれの予想は裏切られ、そしてその期待は裏切られないはずです。広大なこの大陸には私たちにとってまだまだ未知の世界がゴロゴロしています。なにしろその面積は日本の80倍もあるのですから。
私たちはこれから先、この魅力あふれるアフリカ大陸を皆さんに紹介していきたいと思っています。

▲大西洋を眺めながら喜望峰へのハイキング
       


バンコク泊の翌日、ドゥルック・エア(ブータン航空)で出発。昨秋より新機材エアバス319が導入され、快適な空の旅。民族衣装風の制服を着た客室乗務員も清楚でカワイイ。
インドのコルカタ(カルカッタ)を経由。機窓の風景が広大な平原から山岳地帯へと変わり、遠く前方にブータン・ヒマラヤの白い峰々を望む。パロが近づくにつれて高度を落としていくと、両側に尾根が迫り、谷を縫うように飛ぶ。機材が大きいだけに迫力の飛行だ。
ブータンの玄関口パロ空港に無事着陸。「ゴ」と呼ばれるドテラのような民族衣装を着たガイドのプルバさんがお出迎え。首都ティンプー到着後、ブータンのお祭り「ツェチュ」で披露される仮面舞踊を見学。夕方は、仏教と政治の中心地タシチョ・ゾンを散策した。

▲仮面舞踊を見学


▲機窓からのブータン最高峰のガンケルプンズム

  翌朝、標高3,150mのドチュ峠へ。雲間に最高峰ガンケル・プンズム(7,570m)からテーブル・マウンテンへ続くブータン・ヒマラヤの連なりが現れた。ちなみにガンケル・プンズムは、現在「世界最高の未踏峰」でもあるが、1987年ブータン政府はその登山許可を「永遠にクローズ」したため、この先も人類がその頂に立つことはきっとないであろう。
4日目は、「虎のねぐら」を意味するタクツァン僧院へ。急坂を登ること約2時間、断崖に張り付くように聳え建つ僧院は、ブータン最高の聖地として崇められている。
最終日、標高3,800mのチュレ峠へ。朝は曇っていたため、一度西のハ村まで下り、午後再び登り返す。
  今度はチョモラーリ(7,314m)の純白の頂が現れた。その山名はチベット語で「女神の神聖な山」を意味し、西のカイラスと並ぶ重要な聖山である。どうやら我々の祈りが通じたようだ。

この新企画は比較的短い日程の中に、ヒマラヤの眺望・仏教文化・伝統芸能などブータンの魅力が盛りだくさんに詰まったコースです。ぜひお気軽に“雷龍の国・ブータン”を訪ねてみてください。きっと素朴でなんだか懐かしい風景に出会えることと思います。
追記:春はネパール同様、峠のシャクナゲが咲き誇り、山旅に彩を添えることでしょう。

       

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