山旅情報誌 Newsletter

「雨具ぬいでくださいね」
(社)日本旅行業協会(JATA)と(社)日本山岳ガイド協会が初めての提携事業として、実施した研修登山で6月30日から2泊3日で雨の立山に出かけてきた。朝の羽田からの全日空便は曇天の北アルプス上空を越えて富山空港着。すぐタクシーで市内へ。わが家を出て、3時間足らずで富山地鉄の駅前に立てるのだ。山岳部の学生とよく山へ行っていた頃、夜行で出た連中を飛行機で追いかけて、剣沢までに追い越すことができたのも航空便のおかげだ。
 雨の降り出す中、地鉄とケーブルで美女平へ、バスに乗り換えて弥陀ヶ原へ。ここで、雨と霧をついて、雪上歩行と自然観察研修をおこない、再びバスに乗って、天狗平へ。と、そのとき、弥陀ヶ原バス停車場の係員が「雨具はぬいでください」と大きな声で繰り返す。きっとバスのシートが濡れるからだろう。でも、ちょっと声が大きくないか、と陰の声あり。さて、乗り込むと、係員が粘着テープを持ってきて、ストックの石突きを上向きにしているのを見つけては素早くテープで巻いてゆく。「前にお客さんでケガした人がいるから」とのこと。で、天狗平山荘宿泊の翌朝、バスで室堂へ。朝の挨拶がわりに「雨具ぬいでください」の連呼を聞くはめになるとは。いま宿から出てきたばかりだから、「雨具濡れてませんけど・・・」とつぶやく声あり。
 登山者って、よほど汚れていて、社会常識がない連中だなんて、バス会社の人に思われているのだろうか、と心寂しく感じたのは私だけではないはずだ。

 

残雪の一ノ越
 まるで6月初旬のような残雪の中、一ノ越山荘をめざす。本降りの雨と霧で時折ホワイトアウト状態になるので、地図読み研修にはもってこいの天気だ。山荘宿泊者はわがパーティーの15人のみ。乾燥室は強烈なヒーターでずぶぬれの衣類もまたたく間に乾く。小屋の人たちの心遣いがありがたい。
 一息入れてから、浄土山に向かう。強風と叩きつけるような雨の中、そこかしこに群落しているハクサンイチゲが登山者をなぐさめてくれる。浄土山は残雪もなく風あたりもすくなく、ハクサンイチゲが咲き誇り、その名のように菩薩の住むところを彷彿とさせてくれた。
 小屋にもどってからは、ロープワーク研修だ。フィッシャーマン結び、クローブヒッチ(マスト結び)、イタリアン・ヒッチ(半マスト結び)、ガースヒッチ、シートベント、プルージック、バッチマン、ボウライン(ブーリン、もやい結び)、エイトノット(8の字結び)・・・たくさんの結節や固定、フリクション方法があることを学び、120センチのテープスリングでチェストハーネスを瞬時に作ることもできるようになったし、フィックスドロープの基本も知ってもらうことができ、皆、得した気分になったようだ。

 

なみだ雨
 研修がおわって、部屋でなごんでいるところへ、東京から緊急メールが届く。
ガイド協会の橋本龍太郎会長が亡くなられたのだ。元総理で、山が好きで、ネパールへの思い入れがつよく、大きな遠征隊の隊長もつとめ、もう30年以上前のエベレスト隊では実際にベースキャンプまで出かけられた。そのころの話しや剣道の話しを、4年前の冬カトマンズの武道館開館式の後、ロイヤル華レストランでたっぷり聞かせてもらった。昨秋には飛騨の中尾でガイド協会の集まりがあり、多くの山仲間に囲まれて楽しそうにされていた。これからは、それらがなつかしい想い出になってしまうのだと思うと、無性に悲しさがこみ上げてきた。
 橋本さんは剣道六段の腕前で、山でも剣道でもまだまだ活躍してもらえるはずだった。たまたまその両方に親しんでいる私は、共通の話題もあり、政治のことを抜きにして、人情味が厚く、報道陣の前とはまったく違う表情を見せてくれる橋本さんにつよい親しみを感じていた。お会いするたびにネパールのことや剣道のことで立ち話ができることを楽しみにしていたのに、もうできない。
 さきほどから一ノ越山荘をゆらすような強風のなか、打ちつける冷たい雨が降り続いている。この嵐は、橋本さんの急逝を悼むなみだ雨なんだ、と気づいたのは滲む目で緊急メールを読みおえた後だった。

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