山旅情報誌 Newsletter

グランドティトン
ずいぶん古い話しだけど、学生のころ、カナダで山登りをした後、自転車でイエローストーンを越えて、この山の麓の町、ジャクソンホールまで千キロ走ったことがある。それから数年後、この山の東稜が積雪期未踏だったので、新婚早々の女房と登りに行き、まったく歯が立たず敗退した苦い想い出がある。あのとき突っ込んでいたら、いまこうして旅行業なんかやってはいられなかっただろう。山麓に下りてから金もないのでツエルトにくるまっていたら、すぐそばまでムース(へら鹿)たちがやってきた。トレイルヘッドに停めていた車のバッテリーがあがって途方にくれていたとき、やっと通りがかった車に後ろから押してもらいバンパーはこうして使うのかと教わった。アメリカは何もかもが新鮮で、うらやましく思えた。
その後、イエローストーンとグランドティトンにはサイクリングツアーに同行してでかけたことがある。ジャクソンホールの町のたたずまいは、10年後でもまったく変わっていなかった。あの西部劇風の町はいまでも変わっていない。
グランドティトン(4196m)の山名はフランス語で、ティトンは乳房の意味だ。かつてフランス人のビーバー猟師が名付けたものであろう、と言われている。スネーク・リバーの源流に屹立している山容は峨峨として目立つから19世紀初めには旅行者やハンターたちのいい目印になっていた。映画「シェーン」の舞台としてもよく知られている。

 

ヨセミテ
フレズノから41号線を北上し、ワオナ・トンネルを抜けると、このU字谷の谷が壮大な景観で迎えてくれる。左手にエルキャピタンの大岩壁がそびえ、中央奧のほうにはハーフドームが特徴的な姿を見せ、右手にはブライダルベールフォールが懸かっている。もう一つのアプローチである、マーセードからマリポサの町を過ぎてエルポータルから入谷すると、大きな岩塊を目にしながらすぐに谷底につく。いずれも日本で言えば、釜トンネルを抜けた上高地といった感じだが、上高地にはわるいけど、スケールが圧倒的に違っている。でも上高地はある意味日本のヨセミテだ、と言えるだろう。アクセスに難があるところがそっくりだし、トンネルを抜けて絶景と対峙するところもよく似ている。宿泊施設の受け入れ数に限度があることも共通だ。
この谷の上には、アッパーヨセミテとよばれる、トゥオラム・メドウズがある。谷底からタイオガ・ロードを登ってゆくと静かな山の湖テナヤ・レイクがあり、さらに行けば、アルパインメドウの上に緩やかで小さな岩山がいくつかある。車を止めてハイキング気分で登ることもできる。フライフィッシャーにとっては、このメドウを流れるストリームでのトラウトとのやりとりはさぞ気分がいいことだろう。
トゥラムは、ヨセミテの谷から比べたらまさにバックカントリーそのものだ。この先タイオガ・パスを越えて山脈の東に下り、米本土最高峰ホイットニー(4418m)の麓に向かう途中に、戦時中日系人が強制的に集められたマンザナール強制収容所跡地がある。山崎豊子の「二つの祖国」で詳しく書かれている。

 

あのアメリカ?
北米の大きな空と、雄大な山々、とうとうと流れる清冽な川を目の当たりにし、気さくで気のいい田舎の人たちに出会いながら、アメリカの山々を車で巡っていると、「これが、あのアメリカ?」と思ってしまうだろう。京都議定書やイラクや巨大ファンドや6カ国協議など、世界で見せるアメリカの顔と全然ちがうアメリカの顔がそこにある。
カーラジオから流れてくるウェスタン・ミュージックが西部の空気とぴったり合っていることにも気付かされる。ヨセミテへの道で、ハンク・ウィリアムスなんか流れてきたらたまらない気分になる。その昔グレイハウンドでデンバーまで行くとき、フェニックスのバス・ディポで休憩したら、グレン・キャンベルの「恋はフェニックス」が流れていたけど、今ではまさか、やかましいラップやロックなんかに変わってはいないだろうな、などとわが青春のハイマートを懐かしむのである。


2007年1月25日発
ミルフォード・トラックと
マウントクック
11日間
T・Kさん
(50代・男性・静岡県)

@大変良かった。期待通り、計画通りにことが進んだ。雨もまた良かった。
A事前に聞いていた通りであり、大変良かった。
B記述なし
Cスイス・アルプス
Dツアーリーダーの小暮さんは、この道の超ベテランで頼りがいがあり、またサービス精神にあふれて、いろいろと解説してくれてありがたかった。山と関係ない海外ツアーを何度か経験したのと比較して、今回のは初めて一緒になったメンバー全体が仲間としてつきあう仕組みになっていて親しみが増して良かった。もちろん、かなり親しくなれた人たちと、そうでもない人たちと、両方あったがその辺の呼吸も無理なくできたのが良かった。本当に楽しい退職記念旅行ができました。ありがとうございました。

 

2007年2月7日発
白銀のアシニボインとロッキー・
スノーシュー・ハイキング 7日間
H・Yさん
(60代・女性・愛媛県)

@大変良かった。少人数でまとまっていた。
Aアシニボイン・ロッジの食事はおいしかった。
B記述なし
C記述なし
D10年前(1997年8月)アシニボインにハイキングに行きました。今回は主人は留守番でした。ロッジのオーナー、セップさんとバーバラさんは相変わらず若くてお元気でした。10年ぶりに再会できて良かった。その時の写真をお持ちしたので、お互いに年とりましたねと言われました。また、行くことができるといいな。あと10年後に(79才だよ)、まさか生きているか。今度行く時は秋の黄葉とアシニボインを見てみたいものです。実現できたら最高の思い出(あの世への)になります。少人数で、岩田さん(ツアーリーダー)の若さをもらいスノーシューで楽しみました。アシニボインもばっちり見ました。凍ったメイゴック湖も。

 

2007年2月10日発
日本山岳写真集団の
山岳写真セミナー
西穂高岳 4日間
H・Kさん
(60代・男性・福岡県)

@良かった。
A山小屋宿泊でゆったりスペースが良かった。
B記述なし
C加齢によりこれから先、登山による撮影ができなくなった時のことを考え、美しい山を背景にした里の撮影旅行も企画していただきたい。
D初めての冬山登山での撮影、大変よかった。いまだに冬山の雪の光景が頭の中に残っており余韻を楽しんでおります。貴社の企画がよいので、今後も利用したいと思います。新年度の企画・案内をもう少し早くしてほしい。


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