ポカラからチトワン、カトマンズへ
ネパール観光評議会(NTB)の呼びかけで、(社)日本旅行業協会(JATA)のメンバーと訪れたネパール視察旅行も4日目となり、いよいよエコツーリズムの拠点へ向かう。
1月22日、ポカラ郊外にあるヒマラヤ展望の丘、サランコットでの日の出と赤く染まるアンナプルナ連峰の眺望を楽しんだ後、バスでチトワン国立公園に向かう。
途中、ネパール唯一のロープウェイを利用し、ヒンズー教の聖地であるマナカマナ寺院に立ち寄る。ここは、ハトやニワトリ、ヤギなどを生け贄として捧げるため、生き血もしたたっている聖なる場所である。外国人ツーリストにとってはいかがなものかといった雰囲気も漂っているが、ラムジュンヒマールの展望は山好きな者をホッとさせるに違いない。往復のゴンドラから眺めることのできる段々畑や点在する農家の生活ぶりにも興味深いものがある。
バスはさらに南下し、チトワン国立公園の入り口で四輪駆動のランドローバーに乗り換え、チトワン・ジャングルロッジへ向かう。赤い花がどこまでもつづくソバ畑を抜け、バシャバシャと川を渉り、森の入り口のチェックポストを通過する。ここでは軍が常駐し、密猟者を見張っている。とはいっても、ベンチで雑誌を読んでいる兵士たちはリラックスしているようにも見える。森の生活は兵士の心も癒すのだろうか。 ジャングルロッジに着いた頃はすでにかわたれ時で冷気も漂っている。宿舎にはなつかしい灯油ランプが灯っている。
1月23日、朝飯前のエレファント・サファリだ。1頭の象に3人が乗って約2時間ジャングルを探索してまわる。見つけたのは、サイの親子1組、樹上のサル数匹、シカ数頭、シラサギみたいな鳥、ちょっと少な目だった。 朝食の後、象についてのレクチャーがあった。アフリカ象とアジア象の違いについてていねいに教えてくれた。まるで小学生が上野動物園に行ったみたいだと、陰の声あり。
ぼくは、この後グループと別れてカトマンズへもどる。夕方、パタンのホテルヒマラヤで開かれるカトマンズ日本人会主催の講演会に参加するためだ。講演者は、画家で日本人補習校の教師でトリブバン大学院生で、カトマンズ武道館の剣道コーチ白井有紀女史である。講演内容は、日本人とネパール人それぞれの考え方の違いなどで、たいへん興味深かった。ネパール人にとっては「コップを割った」ではなく「コップが割れた」など、言い訳けの事情がたくさんあることや武道館の雑巾掛けで雑巾そのものを入手する苦心や、裸足と貧乏は違うことなど、日本人ツーリストにはなかなか垣間見ることのできない部分を、さすが在住13年の苦労人は喝破しているようだ。
講演会の後、カトマンズ日本人会の皆さんは和気あいあいとお酒や料理を楽しんでおられた。明後日は、大麻雀大会だそうだ。
1月24日、午前中のんびりとすごし、現地代理店のネパール人社長と昼飯を食べながらこれからの企画やトレッキング装備のことなどをうちあわせる。
武道館とお土産屋
午後3時すぎにカトマンズ武道館で剣道指導2回目となる。ネパールの子供は上半身の発達がよく、筋力もあり、運動能力も高く我慢づよい。しかしこれは個人差があるだろう。この日集まった10人全員とも基本動作の飲み込みは早いし、筋がよい。なによりもよいのはやる気があること。1月に始めた子がまだやめないでつづけている。いまに日本の子供たちはやられてしまうかもしれない。親が参観しにきている子が多く、親の意見は、「剣道を始めるようになってから、週3回武道館に通い、放課後遊びほうけることがなくなった。きちんと日本語で挨拶ができるようになった。棒きれで叩き合うなんてと、おもったがやらせてよかった」ということだった。
夜は、ネパール料理で有名な「ボウジャン・グリハ」にプラサド・シャルマ観光大臣を迎えて夕食会だ。大臣はなかなか愉快な人で酒を酌み交わしながらネパールの観光振興について率直な意見交換ができた。しかし、きっとこの大臣も役所ではこむずかしい顔で部下に指図しながら仕事しているんだろうな。
1月25日、モンキーテンプルに行った後、ガイドが「お土産屋さんにご案内します」と言いだした。まさかネパールでお土産屋さん巡りでもないだろう。「いいよ、タメルで勝手に買うから」という声もあったが、「でもとっても綺麗な便所があります。お茶もでます。お店綺麗です。すぐそこです」とのガイドの誘導でビシュヌマテイ川沿いの「スーベニア・ネパール」へ入る。
嫌や嫌やお土産屋さんを引っ張り回される一般観光客の気持ちがすこしわかるかなと、おもいきや、タメルやニューロードを歩き回って買うよりは小綺麗なこの店でまとめて購入するほうがずぼらなぼくには合っていると思わせる店だった。
午後からはパタンの旧市街など見学し、いったんホテルにもどり服装を整えた後、ヤクアンドイエティホテルに向かう。観光省の副大臣やNTBの役員、地元業者とのサヨナラ・パーティーである。ネパール・ツーリズムの発展は国の発展につながるのだということをひしひしと感じさせるスピーチが延々とつづく。8時半におわるはずのパーティーは9時半すぎまでつづいた。深夜発のロイヤルネパール航空で帰るぼくらにとって、シャワーを浴びる時間がなくなることはつらいことだが、もうどうでもいいやと思わせる楽しい気分にさせてくれたサヨナラ・パーティーだった。
国王がマオイストと会談
8日間のネパール視察旅行からもどって1週間もしないうちに、ちょっとうれしい新聞報道があった。タイトルは、「ネパール停戦合意 国王、毛派と会談」(1/31朝日新聞朝刊)である。内容は、ギャネンドラ国王が、27日深夜毛派最高指導者ら2人を極秘に王宮に招き約5時間にわたる会談をおこなったということを、ネパール有力紙の報道から伝えている。さらに、政党や市民代表も交えた「円卓会議」による対話を受け入れた模様だと伝えている。しかし、一方では立憲君主制撤廃を主張する毛派との主張の開きはまだ大きく、現地では対話の成功を危ぶむ声があるとの見方も事実だろう。
実際、マオイスト問題は、いろいろな見方があることは確かだが、とにかく誰の呼びかけでもよいから対話を開始することが問題解決の第一歩になることは間違いない。対話なくして理解なし、だ。
いずれにしろ、マオイスト幹部は、「外国人ツーリストには危害を加えない」と宣言し、今までそのとおりになっている。このことがウソだったとならないうちに対話が始まったことは本当にうれしいことだ。マオイストが下らないテロリスト野郎に成り下がってしまったら、世界の警察とかいう連中がたくさんやってきて、多くの国民が迷惑するぞ。
イラクが決して正しいわけではないけれど、ぼくは最近のイラクのことを思いながら、今回の旅で出逢った、いつもと同じ普段の生活をしているネパールの人たちのことを思い出している。
ヒマラヤは、これから春のシーズンを迎える。日照時間が長くなり、厳冬期の寒さからも解放され、シャクナゲも咲き出す。そんなヒマラヤ山中で、シェルパたちはたくさんのトレッカーがやってくるのをみんな笑顔で待っている。
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