Newsletterより抜粋

文 編集長 黒川 惠
今年は、1964年に海外旅行が自由化されてからちょうど40周年にあたる。
「なにをいまさら40周年」、って感じがしないでもないほど、海外旅行は、日本人の日常的レジャーの一部に同化していると言ってもよいだろう。わが家の老母でさえ、とっくの昔に家族の誰よりも早くハワイに行ってきたくらいだ。戦争体験の多くを語ろうとしなかった亡き父だけはレジャーとしての海外旅行をしていなかった。兵隊で行った中国だけが父の海外体験だったのがいまとなっては心残りだ。自由化から何十年もたち、業界に身を置きながら、親孝行したいときには親はなし、ということか。
自衛隊のイラク派遣が決まったけれど、初めての海外が彼の地であるような隊員が、もしいたとしたらなんとしよう。60年以上前のことに思いを寄せる人々がまだまだたくさんご健在のうちに、余儀ない海外への旅立ちについて、もっと考えてもよいのではないだろうか、と思う今日このごろである。
わが家の息子は昨年幹部候補学校を受験して落ちた。いまは都のライフライン中枢で下働きをしている。だから、自衛隊のことを他人事とは到底思えないのである。もしかしたら何年か先に余儀ない海外への旅立ちをしたかもしれないのだから。
それはさておき、自衛隊の赴く先が、自衛隊員の方々にとってイラク復興に大きな力を発揮でき、国際貢献の実をあげられる地帯であることを心から祈らずにはいられない。
めざせ新たなテンミリオンと2千万人
自由化40周年を迎える旅行業界に働く者は、およそ12万人と言われている。店舗数は約12,000店だから日本の産業としても立派なものである。しかし、最近はすこし調子がわるい。それもそのはず、9.11テロやアフガンやイラク、それにSARSまでがやってきてマスコミが騒ぐなか、長引く不況感に打ちひしがれるような元気のない日本経済と日本人を相手に「海外旅行しませんか?」と言ったって、なかなかうまくゆくはずがないのだ。と、言ってしまえば身も蓋もない話しになるから、各社奮闘し、おかげで銀行のように深刻な破綻劇に見舞われるようなケースが、この業界ではほとんど見られなくなった。手前味噌ではあるけれど、これはこれで立派なことではないだろうか。すくなくとも旅行業者は公的資金(税金)をもらってはいない。払ってはいるけど。
旅行業者がなぜ打たれ強くなったのか。一つにはあらゆる漸減傾向のなかで、身の丈にあった経営に徹する会社が増えていること、二つ目には価格訴求を徹底し、販売力の活性化と売上確保に励む会社が増えていることではないかと思う。そしてわが社のように、専門特化型業者として価格訴求より、価値の訴求に重点を置き、テーマ性をさらに高めた企画力で訴えることに力を入れてきたところは、必ず顧客に受け入れてもらえると信じている。
1986年に当時の運輸省は年間の海外旅行渡航者数1千万人(テンミリオン)計画を5年で達成する、と打ち出したが、実際は4年目で達成した。いま、政府は旅行関係業界とともに日本へやってくる外国人旅行者数を年間で1千万人にするため、ビジットジャパンキャンペーンの旗をあげている。ワールドカップの年には5百数十万人が訪日しているから意外と早く達成するかもしれない。とにかく目標を掲げて達成することには定評のある日本人だから多分達成できるだろう。そのために「観光立国行動計画」の一環として良好な景観と美しい国づくり政策が動き始めているのである。相当な予算も要するだろうが、国土交通省のがんばりに大いに期待したいものだ。
河川がコンクリートで塗り固められ、砂浜が波消しブロックで覆われているような国土では到底観光立国にはなりえない。景観がわるすぎるからだ。夏の上高地になぜ人が押し寄せるのか。一言で言えば「景色がよいから」だ。冬の上高地はもっとすばらしいけれど、雪がくれば、そこは多くの人が訪れるのに適した場所ではなくなる。
道路公団問題で悪戦苦闘した石原大臣は、2003年9月に観光立国担当大臣となっている。言うなれば日本の初代「観光大臣」である。わが国の観光大臣には、訪日外国人のテンミリオン計画とあわせて、海外渡航者数2千万人計画くらい堂々とぶちあげてもらいたい。それが自由化40周年の節目というものではないだろうか。そうすれば相当数の海外旅行経験者と旅行業界人からの後押しは必ず得られるはずである。そうでしょう、石原さん。
観光は、人と人の交流であり、異文化とのふれあいである。「観光なくして平和なし」と、お得意のワン・フレーズで言ってくださいよ、小泉さん。
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