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Newsletterより抜粋

 文 編集長:黒川 恵


 外気中の酸素は、標高3,776mの富士山頂上で平地の約3分の2、5,200mのエベレストB.Cで約半分、エベレスト頂上で約3分の1、そして体内の酸素の減り方はさらに激しく、それぞれが半分、3分の1、4分の1だと、手元の資料に書いてある。高山病は、酸素の薄い高所へ急にあがることによって起きる失調だから高所でも常に酸素があればよい理屈になる。だからエベレスト頂上の三浦雄一郎さん親子はしっかりと酸素マスクを装着していた。

 それにしても三浦さんは、古希の人とは到底思えない活力旺盛な人だ。ジャイアンツ9連覇とエベレスト・スキー滑降に胸躍らせたぼくにとって、長嶋茂雄ミスターと三浦さんのイメージは時々重なっていたから、ミスターの脳梗塞を聞いたときには本当にびっくりした。登山と病気の世界には何があってもおかしくないことを痛感させられた思いだ。

 それはともかく、ぼくらにとってなじみの深い高山病について、最近旅行医学関係のお医者さんが、「山酔い」だとか「二日酔いに似ている」とか言っていることをよく聞くようになった。そもそもいつから「山酔い」が正式に高山病の仲間入りをしたのだろうか。

 はな垂れ小僧のころ、先輩に連れられて山へ行くと「上ばかり見ていると、山酔いになるぞ」と言われたことがある。それは、いつまでたってもたどり着かない頂上ばかりみていると、高くてでかい山に飲み込まれ、体調を崩しやる気が失せるぞ、ということだった。そうだったのか、山酔いとは高山病だったのか。でも、いったい山酔いってなんだろう。

 およそ十年前に、山岳部の学生たちとチベットの山へふた冬続けて出かけたことがある。厳しい寒気の中で、ぼくはいつも4、5千mくらいからたいがい高山病で、こめかみから周囲を締め付けられるような鈍痛と不眠に悩まされた。セデスやバッファリンが常備薬になるほどだから、平地の自分と違うことは明らかだった。でもその感覚は「二日酔い」とも明らかに違った。ぼくの二日酔いは、吐き気があって、ときどき頭痛もするが、頭を締め付けられる痛みではない。ガキのころバスに揺られてよく悩まされた「車酔い」のほうが今思えばぼくにとっては二日酔いに似ていた。どちらも胃が重くて吐き気が主体だからだろう。

 それから「頭痛」は高山病では必発だから、やはり「酔い」の感覚ではないとおもう。「酔っぱらい」と「高山病」はどうしても一致しないのだ。それに高山病は「酔い止め薬」では予防できない。
 どっちにしても、せっかく「急性高山病」が用語として定着してきたのだから、いまさら「山酔い」などと言い換えると、なんとなく一過性の軽症のように錯覚してしまうのではないかと心配性のぼくはつくづく思うのである。

 とはいえ、口先クライマーに磨きがかかるぼくにとって、高山病も二日酔いも最近の発症事例がまったく無いことがちょっとさびしい今日このごろである。
(本稿は、日本ヒマラヤン・アドベンチャー・トラスト「HAT-J」ニュース4月号寄稿文に加筆しました。)

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