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Newsletterより抜粋

東京本社スタッフの芹澤、川高、久保の3名が、9月はじめにネパールを訪問し、現地手配会社、関係各機関とシーズン前の最終調整をしてきました。現地からの最新情報として報告させていただきます。なお、この期間に、イラクでネパール人12人がテロリストにより、殺害され、その映像がインターネット上に流されるというたいへん痛ましい事件がありました。この報道を受けて、カトマンズ市内は一時騒然となり、外出禁止令が出されるなどの必要措置がとられました。出張中のスタッフもホテルで足止めを食うなどの軽い影響を受けましたが、大きな問題もなく、関係各社と必要な調整を済ますことができました。なお、カトマンズは騒動のあった数日後には、平常通りの状態にもどっております。

◆◆ トレッキングに出発! ◆◆
8月31日
今回、説明会のために、来日してくれたシェルパのヌルブともにアンナプルナ山麓のトレッキングに出発。今期、使用するロッジのオーナーたちとシーズン前の最終的な打ち合わせを行う予定。電話などの通信手段がまだまだ限られるため、足を運ぶ原始的な方法しかない。

▲緑美しい田んぼの中を歩く
複数のコースで使用するロッジを限られた日数でまわるため、実質7日間のトレッキングコースを4日間でまわるややハードな日程。ヌルブは来日の際の連日連夜の接待による不摂生がたたり、シェルパにもかかわらず、ややあごがあがり気味。私のほうも日頃の堕落した生活ぶりがたたり、声も出ない。初日から飛ばしすぎの日程はよくない。やはり、当社のツアーのように初日は抑え気味の日程が正解と改めて確信。でも泊まったロッジは最高!清潔なベッド、温水シャワー、水洗トイレ、昔では考えられない快適さだ。

▲マジガウンに建つ快適なロッジ
◆◆ ヒルはもうたくさん! ◆◆
9月1日
「うわぁ!」「うわぁ!」と大の男が3人、飛び跳ねる。日当たりの良さそうな大きな岩の上で、本日、三度目の“ヒルキュウケイ"。ヒルはヒルでも、蛭の意味。各自、石ころを手にとり、靴についたヒルをこそげ落とす、そして恐る恐る靴下の中を探ると、何度かに一度はくるぶしにヒルがぴったり。ふと、違和感を覚え、背中に手をやると、そこにも。そうしてひとつずつ点検していく。背にしたザックを地面に置けばそれにもまたヒルが親しみをもって近づいてくるので、この間もザックをおろすことはできない。ひととおり、点検を終え、ほっとして視線を靴にもどすとまた、うようよと。きりがないとはまさにこのこと。
「ヒルはもうプギョ(※1)」
ヒマラヤを一度はみてみたいと考えている方へ。ご心配なく、トレッキングのシーズンが始まる10月初旬には、ヒルもすっかり姿を消し、快適なトレッキングを楽しむことができるでしょう。

▲ヒル対策のワックスを靴に塗る
※1:ネパール語で「もうたくさん、いりません」の意味。
◆◆ 外国人トレッカー ◆◆
9月2日
雨季で山を見るには、不向きにもかかわらず、各国からのトレッカーも意外と出会ったのには、ちょっと驚きだった。夏休みがとれたのでという一人旅の韓国人男性。イタリアからの陽気な一団。何人かは学校の先生だという。へそ出しのタンクトップで歩いているカナダからの女の子2人組。インテリっぽいメガネをかけたロンドンからの学生たち。彼らにとっては、あまり、山が見える見えないは関係なく、ただ純粋に異文化の生活に出会えるトレッキングを楽しんでいる様子だった。

▲ガンドルンからのアンナプルナ・サウス
◆◆ アンナプルナ山麓の様子 ◆◆
9月3日
その事件を聞いたのは、アンナプルナ山麓ゴラパニでの朝のこと。カトマンズがとても危険な状態とのこと。テレビのない山中のこと。そのときは、なんのことやら、正直、わからなかった。山の中は平和そのもの。学校に通う小中学生の姿。緑美しい棚田で働く農夫の姿。幼子を抱くロッジのおかみさん。軒先を駆け回る鶏、後を追うひよこたち。相も変らぬ平和でノスタルジーを誘う風景。本日、ラッキーだったのは、やや霞んではいるもののダウラギリから、アンナプルナ山群の大パノラマが展開したことだ。雨季が明ければ、もっとクリアーな山が見えるはず。

▲のどかな風景
◆◆ ポカラで乾杯 ◆◆
9月3日
アンナプルナ山群のトレッキングよりもどり、ポカラで、ようやく、テレビのニュース、新聞を見ることができ、事件の概要がわかった。カトマンズの知人に電話すると、明日は、外出禁止令の影響で、カトマンズに戻れないかもしれないよとのこと。どうなることやら。ポカラの様子はなにひとつ変わっていなかった。行きかう雑多な車、リキシャ、野菜売りの台車をひくおじさん。野菜を次々と手にとり、値踏みする財布の固い女性たち。そぞろ歩きするインドから流れてきた長期旅行者の若者たち。客待ち顔のお土産屋の店主。レイクサイドの雰囲気のある店でチキンタンドリと、ペワ湖産の魚のフライをつまみにして、冷たいビールでトレッキングの疲れを癒した。
◆◆ カトマンズに戻る ◆◆
9月4日
幸運にも、早朝より13:00まで、カトマンズに出ていた外出禁止令は解除とのこと。雨季の雲のなか、満席のツインオッター機で一路、カトマンズへ。機窓からマナスルの姿がかろうじて見えた。カトマンズで出迎えを受け、ドゥワリカ・ホテルへ。ここのホテルは、一歩中に入ると別世界。博物館のようなたたずまい、中世の世界にもどったよう。それでいて、近代的な設備は完璧で五ツ星クラス。なによりスタッフのあたたかい対応が素晴らしい。12:00、ホテルで、ポカラで会うはずの現地手配会社の人と打ち合わせ。彼も足止めを食らい、ポカラに戻れなかったとのこと。14:00、遅れて日本を出発した芹澤、久保と合流。いろいろアポイントを予定していたが、ホテルへ缶詰状態。18:00−19:30に再び外出禁止令は、解除とのこと。その間にあわただしく、関係各社とミーティング。夜は、ドゥワリカ・ホテルのコンチネンタルの夕食。サラダ、パスタ、ともに絶品。

▲テントをチェック中
◆◆ カトマンズ滞在2日目 ◆◆
9月5日
朝の4:00より午後13:30までは外出禁止令は解除。現地手配会社のひとつとミーティング。カトマンズは相変わらずの喧騒。自転車、バイク、四輪自動車が車線関係なく、入り乱れる。皆、忙しそうに歩いているが、そのくせ、自転車のパンク修理などに野次馬が4・5人見物していたりするのがカトマンズのおもしろいところ。

▲現地手配会社の人々
◆◆ カトマンズ滞在3日目 ◆◆
9月6日
本日よりやっと終日、外出禁止令が解除。振り返ってみれば、騒然としたのは報道のあった翌日(9月1日)の午前中のみ。本日は、関係各社と終日ミーティング。昼は現地コックたちが腕をふるってくれて、トレッキングのランチを試食。トレッカーにとって食事の面で、ネパールほど恵まれたところはないだろう。働くコックたちは、皆、毎年、毎年、その腕を上げている。なにより、その向上心がうれしい。

◆◆◆ エベレスト・エリアへ ◆◆
9月10日
モンスーン(雨季)・シーズンがまだ明けていない9月上旬、ルクラの天候不安定によるフライトキャンセルのため、カトマンズで足止めを食っていたが、ようやく、エベレスト街道にあるルクラ空港に降り立った。まずはロッジに立ち寄り、ネパール人が大好きなミルクティー(現地ではチャーという)を飲む。おいしい!私は、毎食後には必ずチャーで一息入れる。高山病予防のためにも、水分を積極的にとることは大切である。さて、軽くストレッチをして出発。今日は、パクディンまでの行程である。パクディンはルクラより標高が低い。今日はトレッキング初日であるため、平坦と下りが続く登山道は体慣らしにちょうどいい。それにしてもカトマンズの喧騒風景とはうって変わり、眼前には石垣に囲まれた畑、点在する素朴な民家、ナマステ!と駆けていく子供達。昔懐かしい風景である。そうしているうちに、パクディンに着いた。本日は、ファラクパ・リゾートロッジに宿泊する。外観は、まさに別荘といった感じである。花を持ったシェルパの女の子が迎えてくれた。さっそく部屋に入り、木彫の大きなベッド越しにドゥードゥーコシ川を眺めながらチャーを一杯。夕食まで時間があるため、ホットシャワーを浴びる。
当社のツアーでは、専用のキッチンスタッフをつけるが、今回は、私とヌルブのみということで、ロッジの食事にする。バーカウンターもあるレストランで、川の音を聞きながら美味しい料理をいただく。まさに至福のときである。

▲ファラクパ・リゾート
◆◆ ビスターリでナムチェバザールへ ◆◆
9月11日
翌日、朝食後、朝7時に出発。今日も雲が多い。1時間ほどで氷壁が美しいタムセルク(6,623m)を眺める地点にきたものの、雲にかくれて見えない。雨季明けが待ち遠しい。
モンジョにある国立公園事務所で手続きの後さらに進み、長い頑丈なつり橋を渡るといよいよナムチェ村への登りが始まる。ビスターリ調で登っていく。ビスターリとはネパール語で「ゆっくり」という意味である。ビスターリで歩くことは、いろいろな風景をより深く堪能でき、また高山病予防にも非常に重要なことである。ビスターリはまさに一石二鳥である。

▲早朝のタムセルク
そして、いよいよナムチェ村が見えてきた。標高3,446mのシェルパ族の村である。荷物を置いて、シャンボチェにあるパノラマロッジを訪れる。通常、その日にシャンボチェを往復することはありえないが、明日ルクラまで下りなければならないためビスターリとはいえ少し早めに歩く。このロッジからは、エベレスト、ローツェ、ヌプツェ、アマダブラムなど、名だたる名峰を望むことができる。

▲カングリ・リゾートのベッド
ナムチェ村に戻って、ザムリンゲストハウスに宿泊。チベット仏教画が描かれた広いダイニングを抜け、部屋に入る。ふかふかのベッドで、明日の晴天を夢見ながら就寝。
◆◆ ホテルのようなロッジ? ◆◆
9月12日
翌朝、ロッジからタムセルクやクスムカングルが聳え立つ。村の上部に立つロッジのため、すり鉢上のナムチェ村が眼下に広がる。部屋の前に腰掛けながら、この風景を眺めていると、ふと自分が仕事でここを訪れていることを忘れる。我に返り、雪山やロッジの風景を写真に収める。帰りは、一気にルクラまで下る。広い石階段を上がると、コロニー調のカングリ・リゾートロッジに到着。マネージャーが出迎えてくれた。広いフロントでチェックインを済まして、階段を上がるとチベットスタイルのテーブルに囲まれたダイニング、渋いバーカウンターが立ち並ぶ。期待に胸を膨らませながら部屋に入ると、広い窓、重厚なベッド、私の東京の部屋より広いシャワー室、まさにホテルである。8年前に私が初めてこのエリアを訪れたときは、こんなロッジができるなんて想像できなかった。いよいよネパールトレッキングの新しい時代がやってきたと実感した。最後の夜、今回、同行してくれたサーダー(現地ガイドの総指揮者)のヌルブと乾杯する。感謝である。外は相変わらず雨だが、雨季明けも近い。通常は10月上旬から5月中旬が乾季にあたる。乾季の時期には、かなりの確率でヒマラヤの山々を堪能できることだろう。今年はぜひ素晴らしいロッジとおいしい食事を楽しみながら、快適なネパール・ヒマラヤトレッキングに出かけてみませんか?神々の雪山や素朴な生活をするシェルパ族の人々が皆様をお待ちしております。
★ドゥワリカ・ホテル
Dwarika Hotel★
ドゥワリカ・ホテルは、とても独創的なホテルです。
喧騒のカトマンズにありながら、一歩足を踏み入れるとそこは、中世の街角に迷い込んだような感覚を覚えます。「五ツ星の設備をもつ博物館」というのがこのホテルの別の呼称。
ホテルに使われている調度品や柱、窓枠は、すべて、創設者のドゥワリカ氏が、近代化の波とともに、壊れいく伝統工芸に心を痛めて、少しずつ購入していったものです。氏は、死んだような博物館を作るよりも、実際に使われてこそ、建築木彫工芸が生きるとの思いで、このようなホテルを作りました。

▲静かで落ち着く中庭、カトマンズの喧騒を忘れるオアシス

▲広々とした部屋はどれも少しずつ異なり、一つとして同じ部屋はない

▲ホテルは木彫工芸の人材育成も支援している
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