滝尻王子へ
紀伊田辺の駅前から発車寸前のバスに飛び乗り、中辺路町役場まで1時間強、下校途中の中高生やお年寄りもほとんど下車し、最後の乗客となってしまった。
宿は、「きけう屋」で富田川のそばにある。畑の向こう側には明日歩く滝尻からの尾根筋が連なっている。世界遺産と言われてもピンとこないような、どこにでもある低山の景色はまるで奥多摩か奥武蔵の風情だ。
翌朝、宿の主人に滝尻王子まで車で送ってもらい、いよいよ世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に足を踏み入れる。
「熊野九十九王子」とよく言われるのは、大阪から熊野までの道中におよそ百カ所近くある熊野三山の御子神や摂社のことで、この滝尻王子はその中でも地位の高い五体王子の一つである。社は立派で風格を感じさせるものである。

▲中辺路マウンテンルートのトレールヘッドとも言える「滝尻王子」
高原熊野神社へ(徒歩約2時間)
世界遺産に登録されたこともあり、さぞにぎやかなことだろうと思っていたが、滝尻王子にはザックを背負った先客は一人だけだった。
のっけからの急登となり、奥州藤原秀衡にまつわる伝説が残る乳岩を過ぎ、ヤッホーポイントやらホラ貝ポイントやらを通過して石畳の道を下るとしばらくで針地蔵だ。場違いなテレビ搭を過ぎ、民家が出てくれば高原熊野神社である。
近所のおばさんが「すぐ先に休憩所があってトイレもありますよ」と教えてくれたので、「高原霧の里休憩所」に立ち寄る。

▲皇太子殿下も訪れた「高原熊野神社」は、ゆるやかな山稜の上で
おごそかな雰囲気を醸し出している
上田和茶屋跡へ(徒歩約2時間)
休憩所から旧旅籠通りを抜けると杉林のなかの石畳の道になる。山道に変わるあたりには廃屋もあり、この先は民家もなく往時を偲びながら山の中の古道を歩き通すしかないと、覚悟を決める地点だ。
大門王子社には朱塗りの社があり、その先の十丈王子跡には休憩所とトイレがある。この先には、巡礼者を供養した小判地蔵や悪四郎屋敷跡など興味深い箇所がある。このあたりは中辺路で最も標高が高いところだ。と言っても悪四郎山が782mだから山腹の古道の標高は690mでしかない。少し下ると上田和茶屋跡になり、このあたりには「三体月」伝説が残っている。
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箸折峠の牛馬童子像へ(徒歩約1時間半)
茶屋跡と三体月伝説説明板を過ぎると林道を横切る逢坂峠に出る。林道から古道に入り谷沿いの道を行く。やがて牛馬童子口バス停に出る。道の駅熊野古道中辺路があり、いにしえの雰囲気は一気にかき消されることになる。箸折峠の牛馬童子像までは、約15分程度だから、ここからの古道は道の駅から往復する観光客でにぎやかである。バスツアーでおしかける人々のお目当ては愛らしい小さな牛馬童子像なのだろう。

▲中辺路の人気者、牛馬にまたがる童子は花山法皇と言われている
近露王子を経て野中へ(徒歩約2時間)
箸折峠は、花山法皇がここで昼食をとったとき、萱を折って箸にしたことがその名の由来とされている。そのとき折った萱から赤い汁が出てきたのを見た法皇が「血か、露か」とたずねたことから、この峠の下の宿場町は「近露」と呼ばれるようになったとのことである。
近露へは峠からわずかな道のりだが、大人数のバスツアー客の人波に飲まれてしまった。その昔、近露王子への参詣者は近くの日置川でみそぎをするのが習わしであったとか。今は昔、大型バスでやってくる熊野詣での観光客でにぎわっている。

▲近露への林道脇の堰堤が丸太で覆われている。気持ちはわかるが
ちょっとやりすぎでは・・・
野中までまだ5キロある。比曽原王子まではバスツアー客と前後したが、その先は静かな古道にもどった。山腹の簡易舗装道路脇には民家が並び、一方杉で知られる継桜王子脇にはとがの木茶屋が建ち、その下には名水百選に選ばれた「野中の清水」がある。
宿泊した「のなか山荘」の水道水が冷たくおいしいので、聞いたら案の定「野中の清水です」とのことだった。
翌日は、朝からどしゃぶりの雨で本宮までさらにつづく22キロの山道を歩く気にはなれずバスで熊野本宮、那智大社、速玉大社を巡ることにする。「このあたりでは手を挙げればバスは止まりますから」と送り出してくれた宿の女主人の言うとおり、本宮経由発心門行きのバスは目の前ですぐに止まってくれた。
山と溪谷社発行「熊野古道を歩く」(1,470円)の冒頭「熊野への道」の宇江敏勝さんの文章に魅せられて、はるばる野中までやってきたわけだが、次の機会には、宿の女主人が「うちの近くにお住いですよ」と言う宇江さんの話を、この宿のいろりを囲んでじっくりと聞きたいものだと思っている。
(平成16年9月20日歩く)
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