Newsletterより抜粋
文 編集者 黒川 恵
ビジット・ネパール・アゲイン
・ネパール各地における日本外務省発出の渡航情報に大きな変化
・多くの地域が「十分注意してください」のカテゴリーから外れる
ネパールは、1996年以来「マオイスト」と呼ばれる反政府組織の活動がセンセーショナルに報道されてきた。この間においても外国人ツーリストにとってとくに問題があったわけではない。それでも町中でのデモや、中西部や極西部でのマオイストと政府との間での暴力紛争ばかりがネタとなってきた。このため観光は、大きな影響を受け、最近では外国からのツーリストが減少し、現地の観光産業にとってはまさに死活問題ともなっていたのだ。
しかし、1月になってからはいったん途切れた政府とマオイストとの対話が、ギャネンドラ国王の肝いりで再開され、1月29日には停戦合意が発表されるところまで関係は回復した。これはいまでも継続されており、これからの対話の行方にも大きな期待がかかっている。
わが社では、いままでも現地情報の収集には注意をはらい、ささいな出来事でもツアーリーダーや現地在住協力者、現地旅行業者から報告や見解を求め、状況を判断してきた。そのような過程から、1月に始まった政府とマオイストとの対話は、大きな期待と希望を与えてくれるものになるだろうと信じていた。そして今般の外務省発出情報の変化は、その裏打ちとなるものだといえるだろう。
すなわち、カトマンズやポカラはもとより、主要トレッキング・コースである「アンナプルナ方面」と「エベレスト方面」それに「ランタン谷」では、「十分注意してください」が解除されたことである。その他のコースの一部にはまだ「十分注意」が発出されている個所もあるが、この解除措置は大きな評価であると思う。もちろん、「十分注意」の解除が「完全なる安全」を保証するものでないことは当たり前のことではあるが、少なくともネパール政府とマオイストとの対話が進み、情勢がさらに安定化にむかっていることを公的に示すことができるようになったことは事実である。
マオイスト騒動のなかでも、多くのトレッカーがネパールを訪れてくれた。リピーターの方々も多く、ネパールの国情にたいへんな理解を示してもらえたことがうれしかった。わが社では、ネパールへの観光客が減少した時期でも年間千人以上の方々をヒマラヤ・トレッキングへご案内してきたが、その間マオイストによる危害はなかったと言える。その事実の積み重ねと、この解除措置によってネパールへの旅行はさらに安心感をもっていただけるようになるだろう。
今年は、エベレスト初登頂50周年にあたり、カトマンズでの記念式典は各国からの参加者で大にぎわいだった。昨シーズンまではどちらかと言えば静かだったトレッキング・コースも今シーズンはきっとにぎやかになることだろう。
多くのネパール・ファンの方々へ、ネパール再訪をお勧めすることこそが、ネパール観光の復興に通じ、それがリカバリー・プランの成功につながってゆくのだと、信じている。
あと数ヶ月でモンスーンが明ける。笑顔で待っているシェルパたちは、「何でこんなにたくさんのトレッカーがやってくるのだろう」と、きっとビックリするにちがいない。
そうなればいいなあと、ぼくは心の奥深くで願っているのである。
渡航延期勧告は北京のみに(6月18日現在)
WHOは、6月17日、新型肺炎(SARSサーズ)について台湾全土に発出していた渡航延期勧告を解除した。この解除によって、この勧告が現在発出されている地域は、中国の首都北京のみとなり、新型肺炎封じ込めまでももう一歩となった。
日本外務省も同日台湾全土に対する渡航情報を「渡航延期のおすすめ」から「十分注意して下さい」に引き下げた。
センセーショナルなマスコミ報道にうちひしがれ、1日も早い新型肺炎の沈静化と落ち着いた報道姿勢を待っていた観光業界にとって、この解除措置はとりあえず安堵感を与えてくれるものとなった。しかし、この病気の危険性を煽りに煽った報道各社が、今後この病気の正体と適正な対応方法を正しく伝えてくれるか危惧がないわけではない。「サーズ本」が並ぶ書店で手に取った1冊には「空気感染にまちがいない」などと堂々と書いてあることに怒りを忘れてあきれかえった。もし、この病気が空気感染であったなら、WHOがもっとつよく警告しているし、封じ込めまであと一歩のところへたどりつくにはもっと時間がかったはずだ。
世界の観光業界でのリカバリー作戦も具体的になってきた。香港では大がかりなツーリスト呼び戻しのためのプロモーションが始まろうとしている。シンガポールもそうだ。台湾もきっと始めるだろう。中国各地での経済活動も熱を帯びてきた。いよいよ新型肺炎の影響で落ち込んだものを産業界全体で取り返す時期がやってきたということだ。
今シーズン、花の時期のスークーニャン山を訪れたトレッカーは皆無に近い状態だったろう。「どうして誰もやってこないのか」と怪訝な顔つきで小首をかしげている可憐な花々は、この騒動のお陰で貴重でラッキーな夏休みを手に入れたにちがいない。はからずも高山植物にとってのリカバリー・プランが実行されたことになる。
ハクビシンはいずこ
この新型肺炎報道のさなか、大新聞の1面をかざった動物の写真が印象的だった。おどおどしてあたりの様子をうかがう眼差しが3年前に亡くなったタヌキ顔で弱虫のわが家のメグ(雌のポメ)によく似ていたから、その後のこのハクビシンの行方が気になっていた。捕獲を逃れて目黒の川に落ちたとの見方もあるがアゴヒゲアザラシのタマちゃんとは生まれも育ちもちがうからきっと溺れてしまったのだろう。
ハクビシンが新型肺炎の感染源ではないかと疑われたために、こいつも犠牲になったようなものだ。それにしてもペットだったとしたら飼い主はひどいやつだと、ぼくは言いたい。
メグが死んだ朝、看病づかれの妻はいつまでも亡骸を抱えて泣いていた。そしてその晩、白馬村への日帰り出張から帰ったぼくを待っていたのは小さな骨壺におさまったメグと、妻の涙がにじんだおびただしい写真をおさめたアルバムだった。それらが、愛犬を亡くした当時のわが家にとって精神的リカバリーの大きな支えとなったことは確かだった。
動物を飼うということはこういうことなんだと、ぼくは妻とメグから教わった。
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