Newsletterより抜粋
文 編集長 黒川 惠
家内にさそわれて、ヨーロッパへ出かけたことがある。何からなにまですべて家内一任にした。仕事柄自分で手配すればそれなり以上の旅がつくれることはわかりきっていたが、秋の欧州は山歩きにはちと遅く、いわゆる一般観光でもいいや、と思い、まかせっきりにした。そこで家内が選んだのは、「人のふり見て我がふり直せ」という意味なのか、大手旅行会社のお買得なパッケージ・ツアーであった。もっとも友人夫婦も一緒の旅だから、アゴアシ、ヤド付きが楽なことは当然で、10数年前に出かけたハワイでは添乗員兼レンタカー・ドライバーをやらされたことが脳裏をよぎり、家内の適切な判断を素直によろこんだ。
旅は道連れ
このツアーは、20人くらいの参加者であった。成田では個人チェックインで、その後女性添乗員から全員に向けて簡単な説明があり、出国となった。あっさりしたものだ。
トレッキングツアーだと、同行ツアーリーダー(TL)が自己紹介し、メンバーの名前を呼び上げ、荷物の個数を聞いて、参加者リストを配る。ぺちゃくちゃおしゃべりしたり、くどくどと旅行中の注意を言うTLも中にはいるが、一応の儀式をおえてから搭乗ゲートへ向かう。ここでのポイントは、このときから旅の道連れとなる仲間の名前と人数がわかることだ。そしてTLにとってはお客さまのお名前とお顔を一致させる最初の関門となる。ずーっと前、ぼくはだいたい一発で覚えることができたけれど、もう最近は自信がない。
トレッキングは登山の一種だから、これから始まる山旅の仲間が「どこのだれだかわからない」と不安だし、会話も弾まず楽しくない、とぼくは思っている。多分、山好きで人嫌いでなければそれが普通の感覚ではないかと思う。しかし、この欧州ツアーでは、残念ながら旅は道連れ的な魅力を感じることはなかった。プライバシーがどうたら、とかで添乗員も積極的に関与しないのが一般観光旅行の常なのだろうか。
だからといってトレッキングツアーはプライバシー無視では決してない。「同じ釜のメシ」とは言っても、そこには大人同士の遠慮というものがきちんとあるからだ。と、ぼくは信じているし、遠慮は、社会常識の一つだとおもっている。
早出と早着
登山での常識の一つに「早く出発して、早く到着する」ということがある。山での時間管理は極めて大切なことなのだ。どうしてか。ルーズで遅い行動は、天候の変化や日没によって危険要素を増大させるからだ。3千メートルの夏の稜線を午後遅く漫然と歩いている連中は遭難予備軍だ。
この欧州ツアーの朝はメチャ早かった。しかし宿泊ホテルへの到着は毎日遅かった。丸一日をまさに目一杯動き回るのだ。しかし、一番まいったのは、バスに揺られて疲れているのに、インターラーケンの宿泊ホテルは目の前なのに、ユングフラウが夕闇に消えかかっているのに、なんと「お土産屋さん」へご案内されたのだ。買いたい物などすでにないのに、またかよ、とブツブツ言いながらこのツアーでいったい何軒目の店だろう、などと指折り数えたのはぼくだけだったかもしれない。
これからシーズンを迎えるネパール・ヒマラヤでのトレッキングは、夕食までの時間を持て余しかねない。メチャ早出ではないが、早着だからだ。それでもわずか数日前に出会った旅の道連れ同士が仲良く山村の細道をそぞろ歩き、山の民の生活を垣間見るひとときを楽しめるのは山旅の魅力の一つでもある。山の村には免税店もなければ、ブランドショップもない。だけど、時間だけはたっぷりとある。
価値の訴求
「買いたい物がなくなってきた」という声を、最近よくマスメディアで聞くようになった。あふれかえる家電製品や洋服、食品から自動車まで、どんどん新製品が世の中に登場し、消費意欲をあおる。それもデフレとかで、何でこんなに安いのかと、買う方がびっくりする価格のものがある。
9月13日の朝日新聞家庭欄では「バスツアーどこへ行く」の特集があった。どうしたら「安さと便利さの魅力」をあそこまで訴求できるのか、「なるほど」と言わしめる内容は、取材先が本音で語った成果だろう。とくにバス事業の規制緩和がドライバーとガイドへのしわ寄せにつながっている側面や、添乗員など下職の方々のご苦労と、土産店巡りのからくりはわかりやすかった。
そして「安いのには理由がある」と、この記事が締めくくられていたことに安堵感を覚えた旅行業関係者は、決してぼくだけではないと信じたい。「下職に負担をかけているだけではない」との言い分も当然あるだろうが、本当に価格訴求だけでよいのか、それで消費者が本当によろこぶのか、と言わざるを得ないのである。
ぼくらが本当に売りたいもの、お客さまに買っていただきたいものははっきりしている。「本物体験」と「付加価値」だ。登山・トレッキングの専門会社として自分たちが訴求するものは、価格ではなく、価値だ、と社内で言いつづけてきた。いま、そのことをもっと大きな声で会社の外に向けて言うべきときがやってきた。「価値の訴求」は、宣伝文句でなく、そっと隠しておくものなのに。
山好きで人嫌いでないお客さまが、山旅のおわりに、「本当に買いたいものはこれだった」と、言ってもらえることができれば本望だ。
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