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Alpine Square / アルパイン広場

2月15日出発「ミャンマー・ビクトリア山(3,053m)登頂とバガン遺跡 7日間」

2月15日出発「ミャンマー・ビクトリア山(3,053m)登頂とバガン遺跡 7日間」

バガン遺跡の夕日と朝日は忘れられない体験です。

かつて、まだ国名がビルマの時代にバガン遺跡を訪れ、イラワジ川畔の夕焼けと仏塔群に沈む夕日は強烈な印象として私の脳裏に記憶されていました。数年前に北部山岳地帯を訪れた時もバガン訪問は外せない目的のひとつでした。今回のビクトリア山登頂企画のコンセプトも、観光だけではミャンマーを訪れる機会がなかったという方に、チン州最高峰を登るという目的を付けることで是非訪問していただきたいという思いから企画したものです。だから本当の主人公はバガンの落陽だったのです。

 

バガン遺跡仏塔群に沈む夕日バガン遺跡仏塔群に沈む夕日

バガンの黎明の夜明けも遥か昔に思いを馳せる体験です。

11世紀から13世紀にバガン王国は栄え、モンゴルのフビライに滅ぼされるまでの間に3000基もの仏塔が造られたといわれますが、今でもミャンマー屈指の仏教聖地としてその光景を見ることができます。ここでは真紅の夕日と、淡い色に染まる朝日と双方とも甲乙つけがたく、壮大な宇宙の中の一コマの一員として、他では味わえない感動があります。朝日が昇り、イラワジ川が染まって現れると、最近人気となっている熱気球があちこちから昇り、新たな幻想的な景観として名物になっていました。

 

イラワジ川の夜明けイラワジ川の夜明け

しゃくなげのチン州最高峰ビクトリア山(3,053m)登頂

ビクトリア山と呼ばれるチン州最高峰はイギリス時代に命名されたものです。地元ではチン族の言葉でコーヌンソン(大きな母なる山)と呼ばれると今回知りました。ミャンマーの地図などではビルマ語でナンマータン(尊い山)と書かれています。かつてはアラカン山脈の奥の奥にあり秘境の山であったと思われますが、今は山頂の仏像や仏塔巡礼のための車道やバイクの巡礼道が伸びて、正直拍子抜けするような最高峰です。しかし、あえて古い登山道を探しながらバイク道も利用しつつ登ることで、満開の赤いシャクナゲの森を楽しむこともでき、何より登山の口実がなければこんなミャンマーの片田舎を訪れることはできないので、それが貴重な体験でした。

チン州最高峰ビクトリア山チン州最高峰ビクトリア山

タナカを頬に塗った娘さんと、入れ墨のチン族のおばさん

女性や子供が必ず頬に塗っている白い粉はタナカと呼ばれるミカンの仲間の樹皮をすりおろしたもの。肌がデリケートな若い女性や子供が日焼けから肌を守るための独特の化粧です。また今回訪れたチン州の女性はかつて顔に入れ墨を入れる風習があり、今は廃れましたがお年寄りにはまだ見ることができます。この風習には、美人で有名なチン族がバガン王朝時代に妃として誘拐されないためであるとか、各村毎に固有の模様で村以外の婚姻をさけるためとか、単に当時のファッションであるとか諸説ありますが、登山でチン州の奥地に入るからこそ出会うことができる貴重な体験でした。この風習も60歳代以上に残るもので、それ以下はもう禁止されている世代になったそうです。

 

ミャンマーで出会った女性ミャンマーで出会った女性

山麓では赤いシャクナゲを堪能

ビクトリア山山麓はカシ類を中心とした照葉樹林の豊富な森で、ちょうどシャクナゲの開花期で幸運でした。1月~2月が見ごろのようです。

しゃくなげ咲く山麓しゃくなげ咲く山麓

チン州の山村は日本の原風景を見るかのよう

ビクトリア山に登る目的で訪問するチン州の山村は貴重な風景でした。高床式の切妻型や入母屋型の住居はまさに日本の弥生時代の原風景をみるかのようであり、また千木や鰹木を乗せる日本の神社の原型のようなものも感じました。それが現代においても変わらず残っていることに驚きました。時を越え人間の文化はつながっていることを実感し不思議な体験となりました。

 

チン州の山村チン州の山村