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【エリア紹介】 南極点到達と南極最高峰ビンソンマシフの旅

【エリア紹介】 南極点到達と南極最高峰ビンソンマシフの旅

チリの南端の町プンタアレーナスへ

2018年12月に、勇敢な探検家たちが憧れた場所のひとつ「南極点」そして、南極大陸最高峰の「ビンソンマシフ」のベースキャンプの2大ポイントを訪れる旅を企画、募集し、ツアーに同行いたしました。まずは、日本から遠く離れた南米のチリの首都サンチャゴまでアメリカのヒューストンを経由して、移動。今回のご参加の皆様は、旅慣れた方たちばかりでしたが、乗り継ぎ時間を含めると、30時間以上の移動にお疲れでした。サンチャゴに到着後、さらに国内線にて、3時間以上かけて、マゼラン海峡に面する南端の港町プンタアレーナスに到着!飛行機から降りると、太陽がまぶしく感じされ、地球の果てに降り立ったことを感じさせます。

チリ最南端プンタアレーナスへチリ最南端プンタアレーナスへ

南極大陸へ渡る準備期間

プンタアレーナスの町では、南極点を扱う唯一の民間会社であるALE社のオフィスにて南極大陸へ向かう前に、様々な注意事項の説明会が開かれました。さらに、参加者1人づつ個人装備のチェックがあります。南極大陸に降り立つと、まず、強い紫外線を防ぐサングラスやゴーグル無しでは外で過ごすことはたいへん危険です。南極の強い日差しで、一気に雪目になってしまいますし、南極点では風量によってはマイナス40度近くなることもあり、しっかりしたオーバーミトンがないと凍傷になってしまいます。ガイドから入念なチェックを受け、いくつかのレベルが達していない装備品を市内で買いなおすことになりました。とくに、日本ではあまり販売していない、SPF値が高いリップクリームなどをゲット!そして、いよいよ南極大陸にあるユニオングレーシャーキャンプへのフライト!と言いたいところですが、ユニオングレーシャーキャンプの天候が不安定なのと、プンタアレーナスの空港周辺の強風によって、数日、フライト待ちをすることになってしまいました。ユニオングレーシャーへのフライトは、ロシアがほこる頑丈なイリューシンという機材です。もともと、ロシアの極地に近い辺境地に重機などを運ぶために作られた大型貨物輸送機です。ユニオングレーシャーの滑走路はブルーアイスという、スケートリンクを整備したような滑走路で気温が上がると、氷に水分を含み、摩擦力がなくなり、イリューシンが着陸できません。その他、雪が降るとキャンセル(除雪に1日かかる)、風が強いと雪が舞って視界がきかないためキャンセル、途中のルートに低気圧があるとキャンセル、加えてプンタアレーナスの横風も影響します。(通常の国内線機材は飛べるが、イリューシンはとくに横風に弱いので飛べない)なかなか、南極大陸へのフライトは簡単ではないということを南極に行く前から実感しました。

プンタアレーナスでの事前説明会プンタアレーナスでの事前説明会

いよいよ南極大陸へ

さて、前置きが長くなってしまいましたが、いよいよ南極大陸へのフライトに乗ることができました。飛行機の中は、まさに貨物機!ちゃんと座席は取り付けられているのですが、飛行機の後ろ半分以上は、貨物が載っており、さらに、貨物機だけあって窓は、数えるほどしかなく、前方にある大きなカメラスクリーンに、外の様子がライブ映像で流れます。そして頭上をみるとクレーンがぶら下がっています・・・。やはり南極へのフライトは一味違いました。そして、プンタアレーナスを飛び立って、4時間ほどで、まもなく着陸準備にはいるとのアナウンス!すでに、搭乗している乗客は、全員、帽子、手袋、サングラス、分厚いダウンのズボンと上着を着こみ、万全の態勢で着陸に望みます。というのは、着陸して、一歩、外に出るとマイナル20度近い白銀と極寒の世界が待っていますので、準備は怠らないことです。重い機体のせいか、どーんという重低音を響かせながら無事着陸!一歩外に出ると、よくこんな強風で着陸できたなという地吹雪状態。パイロットの腕前に感謝の一言。滑走路から雪上車で約30分ほど移動し、我々のベースキャンプとなるユニオングレーシャーキャンプに到着。

ロシアのイリューシンロシアのイリューシン

快適なユニオングレーシャーキャンプ

ここは、南極大陸では唯一の民間会社が経営するキャンプ地です。過酷な南極大陸での宿泊と想像しがちですが、非常に快適に過ごせるキャンプ場です。清潔なシャワーやトイレはもちろんのこと、宿泊するテントも非常に大きなタイプを利用し、テントの中にはベッドの上に、防寒に優れたダウンの寝袋が二重に用意されています。食事は大きなダイニングテントで食べることができ、メニューも分厚いステーキやサーモン、時には日本のおすしも出ることもありました。そして、ビール、ワインも飲み放題、といってもここは南極大陸なので、皆さんほどほどに飲まれていましたが・・。図書館やDVD映像、マウンテンバイク、スキーなどの装備も揃っています。後述しますが、今回悪天候のため、この地で長い延泊を余儀なくされましたが、何の不自由もなく安心して快適に過ごせました。今回、このユニオングレーシャーキャンプを基点として南極点を目指します。さらに、山好きの方には外せない南極大陸最高峰のビンソンマシフのベースキャンプも訪れる計画です。

ユニオングレーシャキャンプは南緯79度にユニオングレーシャキャンプは南緯79度に

いよいよ南極点へ

そして、ついにこの日が来ました。入念な天気予報チェックの後、お昼過ぎには、南極点へ向けて飛び立ちましょうと、今回の南極でのすべてのアレンジをしているALE社のオーナーのマイク氏からうれしい知らせがあり、さっそく、入念な装備チェックのあと、バスラーといわれる小型軽飛行機に乗り込みます。乗客は、我々のグループの他に、アメリカからきたご婦人とカナダ人男性2人。ご婦人は最初にキャンプ地で会った時、北極点でのクルーズでも会ったよね?と声をかけられた方。今回のご参加の方のメンバーのほとんどが2016年に原子力砕氷船で分厚い氷を割りながら、北極点へ到達する旅にも私とご一緒しているのですが、その船に、そのご婦人もどうやら乗っていたらしく、その時の写真を見せあいながら、南極点へ向けて出発。ユニオングレーシャキャンプを飛び立ちしばらく飛ぶと、機窓からは、真っ白い氷原が水平線まで広がり、まさに白一色の景色が広がります。ときおり、氷原に無数のクレバスや雪山を望むことができますが、とにかく四方八方、地平線まで大氷原のまったく人工物のない風景が4時間以上も続きます。万が一、この大雪原に不時着したことを考慮し、寝袋や非常食などは、飛行機に搭載されています。そろそろ、南極点に近くなってきたかな?と窓の外に目をやると、遠くに、小さな黒い点が見え始めました。だんだん近づくと、黒い長い建物が見えます。思わず、機内からは、アムンセン・スコット基地だ!と歓喜の声がこだまします。アムンセン・スコット基地は南極点に建つアメリカが建設した観測基地です。南極点到達を争ったノルウェーのアムンセンとイギリスのスコットの2人の名前をとって名づけられました。

機窓からのどこまでも広がる氷原機窓からのどこまでも広がる氷原

南極点到達!!

基地の脇の氷雪滑走路に、スムーズにランディング。無事、南極点に到達し、機内では拍手喝采!ゴーグルやサングラス、手袋などの完全防寒スタイルの準備を整え、いざ機外へ。快晴の天気!南極点周辺は、過去最低気温は、マイナス82度、12月の平均気温は、マイナス30度のため、空気中の湿度もほぼゼロに等しく、雲が発生しにくい環境にあるため、降水量がほとんどなく、砂漠気候に相当するので、南極点周辺は天気が良いことが多いのです。まずは、歩いて5分ほどの距離にあるアムンセンスコット基地へ向かいます。分厚い扉を開けて基地の内部に入ると、南極点にあるとは思えない別世界が広がります。地球上で、もっとも辺ぴな場所にある施設の中で、もっとも最新鋭の人工物がある場所です。1時間ほどかけて内部を見学。研究する場所であるがゆえに、滞在する人たちにストレスなく、南極点という究極の隔絶された場所でも退屈しないように、スポーツジムや音楽室、ビリヤード場、ランドリー、バスケットボールができるほどの体育館、そして、温室野菜も育てています。この研究所を維持するのに、膨大な費用がかかっていることが容易に想像できます。このアムンセンスコット基地を訪れる観光客は、世界中から年間200人にも満たないため、研究している方々の邪魔にならない程度ということで、現段階では見学を許可されています。そして、いよいよ基地から徒歩で南極点へ。南極点といっても、セレモニアルポールと呼ばれるいわば観光用の南極点標識がある場所と実際の地理学上の南極点の標識のある場所の2カ所あります。まずは、南極条約に最初に加盟した日本を含む12カ国の国旗が立ち並ぶ、セレモニアポールへ。我が日本の国旗の前で記念撮影。日本は、早くから南極における調査研究に国際協力体制を築いていたため、12カ国のメンバーの一員となっています。そして、セレモニーポールからわずか5分ほど歩いたところに、ジオグラフィック・ポールと呼ばれる地理学上の南極点があります。ジオグラフィック・ポールの南極点は、地球の自転軸のぐらつきや氷床の動きによって毎年10メートル前後動いています。ついに、究極の場所にたどり着き、皆さん大感動!様々な人類の文明や知識の蓄積によって、冒険家以外の人たちがここまでこれるようになったのは、ここ数十年の出来事です。まさに、究極の場所にたどり着いた感激で、皆さんここまでの長い行程の疲れもどこかに飛んでいきました。

ジオグラフィック南極点で記念撮影ジオグラフィック南極点で記念撮影

ユニオングレーシャーキャンプへ無事帰還

感動もつかの間で、早くも、南極点を出発する時間になりました。南極点周辺の天候は比較的安定していますが、ユニオングレーシャキャンプと南極点の間は、約1,100km離れているため、途中の天候が悪化してしまうと、南極点を出発できずに、そのまま何泊もスタックすることも考えられるため、あまり長居することは禁物です。後ろ髪をひかれる思いで、バスラーに再び乗り込みます。雪原に轟音を轟かせながら、離陸。南極点を後に、ユニオングレーシャーキャンプへ。キャンプに到着したのは、夜中の1時頃でしたが、皆さん、一番の目的を達成できた満足感に浸りながら、心地よい疲れの中、それぞれのテントに戻りました。翌日の夕食は、南極点に到達した我々グループとアメリカからのご婦人とカナダ人2人とともに、ALE社のオーナーマイク氏同席のもと、南極点到達記念パーティーが開催されました。まずは、シャンパーンで乾杯の後、ここが南極とは思えないほどの料理の数々。オードブルからはじまり、お寿司から美味しいステーキ、食後のデザートを味わいながら、南極点に到達した思い出を皆さんで語り合いました。オーナーのマイク氏いわく、次は月旅行はどうだい?と。まさに、夢がどこまでも広がる瞬間でした。

南極点到達記念パーティーで盛り上がる南極点到達記念パーティーで盛り上がる

悪天候が続く南極大陸

さて、南極点を到達したものの、我々にはもう一つの大きな目標がありました。それは、南極大陸最高峰のビンソンマシフのベースキャンプでのハイキングです。南極点も到達したし、いよいよビンソンマシフだ!と思っていたのですが・・。そもそも、このユニオングレーシャキャンプにはいることも、天候不安定でやっとの思いで、やってきたのですが、ビンソンマシフ周辺は、ユニオングレーシャーキャンプ地よりもさらに山岳地帯に位置するため、天候がさらに不安定で、悪天候が続いており、すでに1週間以上ビンソンマシフへのフライトがキャンセルとなっており、ビンソンマシフに登頂を目指す遠征隊も50人近く、ビンソンベースキャンプでスタックしていて、それぞれの食糧も尽き始めていました。結局、我々が南極点から戻って、なんと1週間もビンソンマシフへのフライトを待つことになってしまいました。ということは実に2週間もフライトキャンセルが続いたことになります。オーナーのマイク氏も、こんなに天候が不安定なのは、過去初めてとのこと。理由は、南極大陸の南米大陸に近いウッデル海から、例年にないほどの温かい空気がビンソンマシフ付近の南極大陸に流れ込んできており、天候不順が続いているとのこと。まさに、地球温暖化が南極大陸まで影響を受け始めたことを肌で実感しました。ユニオングレーシャーキャンプでも、通常はマイナス15度前後の気温なのですが、ここ数日の気温はマイナス5度から8度程度しかありません。ここまできてビンソンマシフをあきらめるわけにはいかないので、とにかく、待つことになりました。しかしながら、待つといっても退屈することなく、クリスマスの日にはスタッフと一緒にクリスマスパーティーを楽しんだり、キャンプ周辺でスノーシューしたり、氷床をハイキングしたり、スノーモービルで大氷原を滑走したり、皆さんそれぞれが南極大陸でのアクティビティーを楽しみました。また、滞在中も、完備されたトイレやシャワー、テント設備、美味しい食事とワインなど、南極大陸とは思えないほど、快適に過ごすことができました。

クリスマスパーティーで盛り上がるクリスマスパーティーで盛り上がる

やっとの思いでビンソンマシフベースキャンプへ!

ついにその時がやってきました。お昼前ぐらいに、ビンソンマシフ周辺の天候がやっと回復し始めたとの情報が入りました!と同時に、キャンプ地の滑走路から食料物資を積んだツインオッター機がすばやく飛んでいきました。天候がいつまた急変するか分からないので、まずは、食料をビンソンのベースキャンプに運ぶこと、同時にベースキャンプに取り残されている遠征隊をユニオングレーシャキャンプまで戻すことが優先的に始まりました。そのあと、これからビンソンマシフのベースキャンプに入山し、登山を開始するグループ、最後にベースキャンプ周辺をハイキングする我々の番となります。これまでの事情を考えると、納得です。結局、我々の出発は夜の21時頃のフライトでした。夜の21時と言っても白夜なので、明るいですし、何はともあれ、翌日の朝、飛ぶことも選択肢にありましたが、天気はいつどうなるかわからない状態でしたので、飛べる時にビンソンに行くしかない!ということで、足早にツインオッター機に乗り込みます。南極点へのフライトに比べると、山岳地帯を飛ぶフライトなので、眼下には、素晴らしい南極の山々の絶景が広がります。約1時間弱で、大きな山塊が見えたかた思うと、多くの遠征隊のテントが立ち並ぶビンソンマシフのベースキャンプに無事着陸。機外に降りると、やや雲がかかっているものの、南極大陸最高峰ビンソンマシフが目の前に聳え立っています。エベレストは、国際線の飛行機の窓からでも望むことができますが、ビンソンマシフを望むには、このベースキャンプまでこないと望むことができない貴重な展望です。ベースキャンプには、ALE社のダイニングもあり、そこでコーヒを一杯いただいたのですが、そこで、なんとネパール人のシェルパと会いました!シーズン中は、ビンソンマシフのクライミングガイドとして登頂のサポートをしているそうです。やはりネパール人シェルパはどんな環境でも強くて頼りになる存在です!到着後、本来であれば、ベースキャンプから大氷原をロープでアンザイレンしながらキャンプ1付近まで往復する予定でしたが、すでにビンソンマシフは雲に覆われはじめ、だんだん空にあやしい雲が広がり始めました。ツインオッター機のパイロットの判断で、天候が悪化しはじめており、万が一視界が悪くなるとユニオングレーシャーキャンプに戻れない可能性もあるとのことで、滞在時間は40分ほど。ここ数日の天気からすると、再び2週間近く悪天候が続く可能性もあるので、安全を優先にするためには仕方がないことです。ということでハイキングは30分程度のベースキャンプ周辺にすることにしました。それでも、やっとの思いで、ベースキャンプにたどり着くことができ、氷塔のセラックを望みながら、南極大陸最高峰の山麓を歩けることに心躍ります。素晴らしい展望の中、ハイキングを楽しんだあと、再び、ユニオングレーシャーキャンプへ。ようやく、すべての目的を達することができ、皆さん心から安堵の様子でした。

ビンソンマシフベースキャンプ周辺を歩くビンソンマシフベースキャンプ周辺を歩く

プンタアレーナス、帰国へ

いよいよ、南極大陸を発つ日を迎えました。ここ数日、気温がまだ高めだったため、ブルーアイスと呼ばれる氷の滑走路に水分を含み、大型貨物輸送機のイリューシンが無事に着陸できるかどうか心配の声もありましたが、気温がさがりはじめ、しっかり滑走路も粘着摩擦力も確保できそうとのことで、無事、ユニオングレーシャキャンプへ向かってイシューシンがプンタアレーナスを飛び立ったとの情報が入りました。当初の予定よりも8泊延長し、2週間近くも滞在することになったユニオングレーシャキャンプでの生活ともいよいよお別れです。忙しくテントの荷物を整理し、飛行場に向かいます。飛行場と言っても、氷の滑走路の横に小さな待合室とトイレがあるだけです。でも、トイレひとつにしても、南米大陸から、資材などを運び込み、糞尿もすべて持ち帰ります。南極大陸で、普通にトイレができることだけでも感謝しなくてはなりません。今回、いろんなことがあったけど、無事ここまでこれたことに少しほっとしながら、待っていると、遠くにイリューシンの機影が見え始めました。爆音を轟かせながら、スムーズにブルーアイスの滑走路にランディング!天井にクレーンがぶら下がった機内に、なつかしさを覚えながら乗り込みます。そして、ついに、南極大陸を離陸。モニターに映る南極大陸を見ながら、つかの間の眠りにつきました。そして、久しぶりのコンクリートの滑走路に無事着陸!ついにプンタアレーナスに戻りました。プンタアレーナスとサンチャゴで数日過ごしたあと、年があけた1月2日、無事帰国しました。予定では、12月24日のクリスマスの日に帰国予定でしたが、年明けの帰国となってしまいました。しかしながら、南極点という究極の場所への旅を考えると、帰国が遅れるのは当たり前のことかもしれません。今回、弊社では1991年の南極点到達とビンソンマシフベースキャンプツアー以来、27年ぶりに2度目のツアーとして実施することができました。まさに地球上存在する辺境地の中でも究極のツアーといっても過言ではありません。ツアーとして企画実施するのは、なかなか容易ではありませんが、もし、究極の場所南極点に興味がある方がいらっしゃいましたら、ぜひ久保までお問合せください。

ブルーアイスに到着したイリューシンブルーアイスに到着したイリューシン

このレポートはわたしが担当しています。

久保 典彦

久保 典彦

/ 東京本社

インドやカラコルム、中国などの雪山と氷河をこよなく愛し、極地ツアーなども手 掛ける。ツアーリーダー業務でも世界を駆け巡る。大阪産大山岳部出身。(企画)

①国内で好きな山:北岳
②海外で好きな山:ジャワリンガ、ナンガパルバット
③趣味:料理、登山、石窯ピザ作り